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男子バレー、遅咲きのルーキーが代表デビュー

田中夕子スポーツライター、フリーライター

ややブレ気味のトスでほろ苦いスタート

合流はわずか3日前。

「コンビが合わなくて当然。そう思っていても、ずっと緊張して、フワフワしていました」

33歳の代表ルーキー。セッター、高橋慎治が1本目に上げたレフトへのトスは、確かに、緊張からか、ややブレ気味でお世辞にも「ナイストス!」とは言い難かった。

しかし「アタッカーが打ちやすいように、とだけ心がけた」というそのトスを、レフトの千々木駿介が決め、日本が得点。

やや不格好であったとはいえ、国際大会で初めて手にした1点に、高橋は安堵の表情を浮かべた。

昨シーズン、初めてVプレミアリーグに昇格したジェイテクトスティングスの正セッターとしてリーグ戦に出場、南部監督は「Vリーグのセッターの中でも、抜群の安定感がある」と高く評価し、今季、初の代表入りを果たした。

「ビックリしかないですよ。僕自身は、もう、いつ終わっても仕方ない、と思ってやってきましたから」

エリートとは程遠かった学生時代

愛媛県松山市出身。松山工業高校から、地元の松山大学に進学。関東や関西の強豪大学出身者が多勢を占める全日本や、Vリーグの中で四国リーグ出身の高橋は異例の存在と言える。

とはいえ、トスは丁寧でボールの質もいい。

高橋の能力を高く評価した、当時のVリーグ、旭化成スパーキッズの久保義人監督は、地方大学だろうと気にせず、高橋に声をかけ、Vリーグへの道が拓かれた。

旭化成でもレギュラーの座をつかみ、ようやく、バレーボール選手として順風満帆なスタートが切られたかに見えた2006年、旭化成は廃部を発表。色濃くなり始めた不況の余波と、成績不振が原因だった。

四国リーグでプレーしていた自分に声をかけてくれたチームに、骨を埋めたい。

それが叶わないのなら、と一時は引退も考えたと言う。

しかし、周囲の説得と、熱心な勧誘に心を動かされ、NECブルーロケッツへ移籍。直後から正セッターとして試合出場の機をつかんだが、なかなか成績が伴わなかった。

速さのギャップと二度目の廃部

高橋はトスを上げる際、手首に入れてから即座にピュッとボールを出すタイプのセッターであり、自身が「アタッカーに打ちやすく、ということだけ心がける」と言うように、それぞれの打点の高さを重視するタイプのセッターでもある。

だが、当時のNECは高さよりもトス自体のスピードを重視するバレースタイルで、アタッカー陣もできるだけ速い、セッターからスパイカーまでの軌道が直線的なトスを求めた。

もちろん要求に応えようと高橋も努力を重ね、スパイカー陣も譲歩し、互いを生かした攻撃を生みだそうとしてきたが、些細なズレを最後まで埋めきることができずにいたのも、成績不振につながる一因でもあった。

そして2009年。

今度は、NECブルーロケッツが活動休止を発表。

高橋にとって、二度目の廃部経験だった。

その責任は、誰にあるというわけではない。だが、「負けるのは全部セッターのせい」と自負する高橋は、自らを責めた。

加えて、NECの頃から膝痛を抱え、ケアや治療をしながら試合に臨んできた背景もある。

自分は代表になど、呼ばれるはずがない。

そう諦めかけていた矢先の、初選出だった。

「ボールを殺す、スパイカー思いのセッター」

途中出場となったアルゼンチン戦。南部監督は「高橋が入るまで、真ん中(ミドル)を使えずにいた。そこでうまく、パス(サーブレシーブ)が乱れても、若いセンターを巧く使ってくれた」と及第点を与えた。

コートエンドで見ていた、元全日本のエース、山本隆弘さんもスパイカー目線でこう言う。

「スパイカー思いのトスが上げられるセッター。手の中に入れてからスッと出す分、パッと見は速いトスに見えないかもしれないけれど、相手のブロッカーはセッターのトスを見てからブロックに動くので、そのスピードが速い分、見た目よりもずっと速く感じるものです。何より、一度ボールの勢いを殺してからスパイカーにボールを出しているので、スパイカーは動いているボールを打たされる、という感覚じゃなく、止まったボールを打てる、そういう感覚で打たせてくれるセッターです」

おそらく日本列島がサッカー一色になるであろう明日、15日も男子バレー日本代表はアルゼンチンと対戦する。

33歳、遅咲きのルーキーに注目だ。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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