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週末珈琲:世界のスタンダードとなった老舗耐熱ガラスメーカーHARIO

松村太郎ジャーナリスト/iU 専任教員
日本の老舗耐熱ガラスメーカーHARIOのコーヒー器具は、米国のカフェで常識に。

米国で始まった新世代のコーヒーカルチャー「サード・ウェーブ」の焙煎所やカフェで「HARIO」といえばほとんど誰でもがその名前を知っています。サード・ウェーブについての説明は後に譲りますが、象徴的なお店でのサービス「プアオーバー」(インディペンデント・ドリップとも言います)をするためのコーン、ペーパーフィルター、ケトル、そしてコーヒーサーバー、ほとんどの店で店員が使っているのがHARIO V60というブランドの器具です。

しかしこの「HARIO」というのは、日本で戦前から続く耐熱ガラスメーカー、HARIO株式会社のこと。

日本のガラスメーカーが、海の向こうのコーヒーカルチャーの最前線で名をとどろかせているとあって、見逃せないブランドです。そこで、東京・日本橋に本社を構えるHARIOの本社を訪ね、V60についてお話を伺ってきました。

2011年夏、サンフランシスコでHARIO V60と出会う

Twitterの共同創業者が投資するSightglassでも使われるHARIO
Twitterの共同創業者が投資するSightglassでも使われるHARIO

筆者がサード・ウェーブコーヒーカルチャーに関心を持ち始めたきっかけはHARIO V60がきっかけでした。まだ米国に引っ越してくる前の2011年8月に、サンフランシスコ市内でテクノロジー業界の小さな社交場となっているカフェ「Epicenter Cafe」で友人と会ってコーヒーをオーダーした際、そこでキレイなガラス製の器具を使っていることに気付きました。

丁寧に筆者のコーヒーを入れてくれている店員さんに、それはどこのメーカーの器具なの?と聞いてみると、「HARIOのV60だよ」と答えてくれました。HARIOって日本の?と聞き返すと「そうだよ、一番使いやすいね」という答えが返ってきます。「ここら辺だと、人気、というか常識だよ」とまで返されると、いったい何が起きているんだろう、と俄然興味が湧いてきます。

HARIOの名前は知っていました。日本では東京・中央区の日本橋に住んでいたこともあり、界隈ではちょっと有名な、重要文化財に指定されている重厚な建物に本社を構える会社として、HARIOのことは認識していたのです。しかしながら、東京では自宅でゆっくりドリップする時間を取ることはなかったため、HARIOのコーヒー器具は使っていませんでした。

それだけに、HARIOが米国で使われていて、常識だとまで言われる状況に驚き、いったい何が起きているのだろう、という疑問があったのです。

HARIOのガラス作りとV60

東京・日本橋にあるHARIO本社。文化財にも指定される美しい建物だ。
東京・日本橋にあるHARIO本社。文化財にも指定される美しい建物だ。

V60への興味から、日本橋にあるHARIO本社を訪問し、インタビューの時間を頂く事ができました。歴史的な建造物の1F部分には喫茶店のようなカウンターが用意されており、コーヒーを淹れて頂きながら、HARIO株式会社国際事業部にお話を伺いました。

HARIOの国際事業部は、コーヒー器具V60を中心に、海外へのセールスや情報提供や、デザイン、そして企画にも参画されている部門です。つまり、海外のコーヒーカルチャーに対して、製品からコミュニケーションまでを一手に引き受ける最前線の部署となります。しかしマーケティングと製品作りを接近させている方法はユニークと言えます。それには、HARIO自身の企業カルチャーが関係していました。

HARIOは1921年に創業した日本のガラスメーカーで、東京の本社の他に、日本で唯一の耐熱ガラス工場を有する企業。茨城県にある古河工場は、成形するガラスを電気で溶融する「直接通電式ガラス溶融炉」の開発に成功し、排煙を出さない無公害工場として科学技術庁長官賞も受賞しています。

食器や調理器具などの耐熱ガラスから理化学用、自動車のライトのレンズなど、耐熱・耐酸性と高い精度が要求される耐熱ガラス製品をラインアップに揃えています。社内では、開発と販売が一緒になって製品を生み出すカルチャーが流れています。また、ガラス職人も多数抱えており、その技術を残すべく、ガラスの楽器の製作にも取り組んでいます。

コーヒー器具は1957年のサイフォン発売に遡ることができますが、サード・ウェーブでおなじみとなったV60の発売は2005年と、HARIOの歴史の中ではつい最近のことでした。大きな1つ穴のドリッパーを円錐形にし、しかも内側にはひねりを加えたスジを入れた加工が施してあります。

V60でのドリップ。スパイラル状に切られた溝で、素早く湯が落ち、自由度が高い。
V60でのドリップ。スパイラル状に切られた溝で、素早く湯が落ち、自由度が高い。

プレス加工で作られるガラスのV60透過ドリッパーは、ペーパーフィルターがドリッパー側面に密着することを防ぐので素早く湯滴が落ち、ネルドリップのように旨みを逃さず、かつ手軽で自由度の高いコーヒー器具の扉を開く事になりました。

1本のビデオで火が付いた

2005年に発売されたHARIO V60ですが、2010年までの5年間、アメリカでの販売はほとんど「ゼロ」でした。しかし2012年現在、サンフランシスコのカフェでは当たり前のように使われています。この2年間で何が起こったのでしょうか。

元々、HARIOのコーヒーサイフォンは、米国を始めとする海外でも、コーヒーマニアの間では知られていました。しかし火を使う器具であるため、サイフォンではなくドリッパーだけを提供することにしていたそうです。そのドリッパーが注目された形になります。

Intelligentsiaが公開しているビデオ。デザインに注目が集まった。
Intelligentsiaが公開しているビデオ。デザインに注目が集まった。

2005年は、ちょうど全米でコーヒー熱が高まり始めるタイミングでした。5年間かけてスペシャルティコーヒーからサード・ウェーブのコーヒーカルチャー勃興する絶好のタイミングで紹介されたV60。美しく印象的で、かつおいしくコーヒーを淹れることができる器具は、オンラインビデオで一躍有名な存在になります。

Intelligentsiaなどのロースターが、V60を使ってコーヒーをサーブするビデオをアップし、そのクールな製品とややハウ・トゥ的な側面も相まって、新しいコーヒーの楽しみ方のアイコンとして、V60が一挙に広まることとなりました。動画は、こちらのページからご覧頂けます。

現在HARIOは、欧米や中国、台湾、韓国などに製品を供給していますが、コーヒー器具は約半分が米国での販売。オンラインビデオの口コミと、米国でのサード・ウェーブコーヒーカルチャーの広まりのなかで、急成長したことが分かります。

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ビデオで広まったというストーリーは、非常にウェブ的ですが、確固たる品質、デザインの美しさ、そしてなによりHARIOがこだわる道具性がきちんと伝わったことがきっかけだったと言えます。こうして、サード・ウェーブのコーヒーカルチャーでスタンダードのポジションを築いたHARIOは、今後の製品をどのように作り、そしてコーヒーカルチャーと対話しようとしているのでしょうか。次回に続きます。

ジャーナリスト/iU 専任教員

1980年東京生まれ。モバイル・ソーシャルを中心とした新しいメディアとライフスタイル・ワークスタイルの関係をテーマに取材・執筆を行う他、企業のアドバイザリーや企画を手がける。2020年よりiU 情報経営イノベーション専門職大学で、デザイン思考、ビジネスフレームワーク、ケーススタディ、クリエイティブの教鞭を執る。

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米国カリフォルニア州バークレー在住の松村太郎が、東京・米国西海岸の2つの視点から、テクノロジーやカルチャーの今とこれからを分かりやすく読み解きます。毎回のテーマは、モバイル、ソーシャルなどのテクノロジービジネス、日本と米国西海岸が関係するカルチャー、これらが多面的に関連するライフスタイルなど、双方の生活者の視点でご紹介します。テーマのリクエストも受け付けています。

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