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週末珈琲:対話で道具と心意気を伝える - HARIOインタビュー後編

松村太郎ジャーナリスト/iU 専任教員
我が家でのHARIO V60を使ったドリップ風景。

HARIOの製品がサンフランシスコを始めとする米国の新しいコーヒーカルチャーで中心的な存在になっている。前回の記事ではそんな製品ができ、スタンダードになるまでに触れました。こうした希なポジションを取ったHARIOは、今後、世界とどのように対話していくのでしょうか。

ひたすら道具に徹すること

HARIO V60が世界に受け入れられたもう一つの理由として挙げているのは、強いスタイルを持たなかったことだったといいます。HARIO V60そのものの製品フィロソフィーの中に「簡単」であることと「自由度が高い」ことがありました。

例えばV60を使ったドリップの場合、ペーパーフィルターのドリッパー側面への密着を気にせずドリップできるという簡単さがあります。さらに、湯が落ちるのが早いため、ドリップで湯を垂らすスピードに応じて、コーヒーの味を変化させることができます。ゆっくり垂らせばコクを引き出し、早く垂らせばすっきりとした味わいに。シンプルな道具でありながら、精度の高いコントロールも可能なのです。

サード・ウェーブコーヒーのシーンでは、ドリップ中に湯をかき混ぜたりするシーンを見かけたりします。ドリッパーの中の豆を湯に馴染ませようとするわけですが、古典的なドリップの手法からすると邪道と見られるのかも知れません。しかし自ら焙煎してコーヒーを提供するお店が、自分の豆を最もおいしく引き出す方法を知っていて、なんら不思議はありません。

HARIOも、製品としておいしく楽しむ方法のガイドをウェブなどではしますが、オンラインのビデオの多くはカフェや個人が撮影した動画である点も興味深いポイントです。製品そのものにこだわりすぎると、道具として分かりにくくなる。押しつけがましく教え込むことをせず、自由度の高い道具で在り続けようとした点も、V60がサード・ウェーブのカフェでコーヒーを淹れるプロから支持され、愛されている理由ていると見ています。

対話から新しいアイディアが生まれる

日本の技術で作られた日本製の器具だけれど、コーヒーの淹れ方は日本流ではない。そんな異文化交流の「プラットホーム」を担っているV60。拠点となるカフェに紹介したり、米国のSpecialty Coffee Association (SCA)の年次イベントにブースを出すなどして、米国のスタイルの中でのV60のブランドを短時間で高めることに成功してきました。

サンフランシスコのカフェで使われるHARIO V60のスケール
サンフランシスコのカフェで使われるHARIO V60のスケール

こうして生まれたブランドから、新しい製品を生み出そうとする姿勢も、HARIOの企業に流れるカルチャーそのものと言えます。V60を使っているカフェをまわり、オーナーやバリスタと話しながら、どんなモノが欲しいかを聞いてまわります。これまでのようにネクタイとスーツとアタッシュケース、というスタイルではなく、Tシャツとジーンズ同士で交わすフランクな会話で話が進み、時にはSkypeで打ち合わせをするほど。

そうしたフランクさも、サード・ウェーブコーヒーカルチャーが若い世代によって支えられているからこそ。オンラインのビデオやFacebook等のソーシャルメディアなど、彼らのメインのメディアであるウェブも有効活用されています。カフェやオンラインでのコミュニケーションの中で商品が紹介され、コミュニケーションのフィードバックとして新しいアイディアが製品に反映されるのです。

例えば、タイマー付きスケール(はかり)は、豆の重さ、抽出するお湯の量、そして抽出時間の全てを1台で計測できるアイディア商品。これもコーヒーのドリップをレシピ化したいというニーズから生み出されたもの。出荷してもほとんど全てに買い手が付いてしまっている状態だそうです。

こうした海をまたいだ活発なコミュニケーションこそ、V60が手にした大きな資産と言えるかも知れません。

日本の心意気も世界に拡がる

HARIO本社1Fにある喫茶店のようなカウンターで、コーヒーを淹れて頂きました。
HARIO本社1Fにある喫茶店のようなカウンターで、コーヒーを淹れて頂きました。

サード・ウェーブのコーヒーカルチャーは、小規模独立の焙煎所やカフェが核となっています。そして、お客さんの目の前で1杯ずつコーヒーをドリップして提供するというホスピタリティの高さも、昭和から続く日本の喫茶店に通じるものがあります。

精度の高い美しい道具とホスピタリティという2つの要素を、日本が輸出していることに気付かされましたが、筆者自身、それをサンフランシスコのカフェで発見したというのは、面白くもあり、恥ずかしくもあります。

マジメにコーヒーに取り組める道具としてV60を提供するHARIOは、「バリスタの方々が楽しんで触れる事ができる美しいおもちゃを提供していきたい」と語ります。道具作りに対する真摯な姿勢と、ウェブやソーシャルメディアで仲良くなって、一緒に盛り上げていこうという感覚。これは古き伝統と新しいトレンド、日本と米国を程よくブレンドした香りを届け続けてくれる事でしょう。

ジャーナリスト/iU 専任教員

1980年東京生まれ。モバイル・ソーシャルを中心とした新しいメディアとライフスタイル・ワークスタイルの関係をテーマに取材・執筆を行う他、企業のアドバイザリーや企画を手がける。2020年よりiU 情報経営イノベーション専門職大学で、デザイン思考、ビジネスフレームワーク、ケーススタディ、クリエイティブの教鞭を執る。

松村太郎の「情報通信文化論」

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米国カリフォルニア州バークレー在住の松村太郎が、東京・米国西海岸の2つの視点から、テクノロジーやカルチャーの今とこれからを分かりやすく読み解きます。毎回のテーマは、モバイル、ソーシャルなどのテクノロジービジネス、日本と米国西海岸が関係するカルチャー、これらが多面的に関連するライフスタイルなど、双方の生活者の視点でご紹介します。テーマのリクエストも受け付けています。

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