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西海岸のコーヒー焙煎所「ブルーボトル」日本上陸、変化するサンフランシスコのスタートアップ文化

松村太郎ジャーナリスト/iU 専任教員
James Freeman氏。サンフランシスコ・ミントプラザ店にて筆者撮影。

米国のコーヒーメディアSprudgeによると、ブルーボトルコーヒー(Blue Bottle Coffee)が東京への進出を発表しました(関連記事)。同社はサンフランシスコ対岸のオークランドに初の焙煎所を持ってから、ニューヨーク、ロサンゼルスと焙煎所を増やしてきましたが、第4の都市に東京が選ばれました。

筆者が茶太郎豆央として参加し出版した書籍「サードウェーブ・コーヒー読本」(Amazon)では、ブルーボトルを含むサンフランシスコ周辺のサードウェーブと呼ばれるコーヒー焙煎所の創業者たちへのインタビューを収録しています。あわせてぜひお読み下さい。

ブルーボトルコーヒーとは?

焙煎所では、無料のコーヒーカッピング体験を毎週2回、教育にも努める。
焙煎所では、無料のコーヒーカッピング体験を毎週2回、教育にも努める。

ブルーボトルは、2002年にJames Freeman氏が始めたコーヒー焙煎所です。はじめは自分の手で焙煎して、近隣のファーマーズマーケットで販売していましたが、港町の倉庫街に焙煎所を立てて、サンフランシスコ市内にカフェを持つというスタイルでビジネスをゆっくりと拡げています。

Freeman氏は創業以来、「フレッシュネス」「ホスピタリティ」「サステナビリティ」を社是としています。また透明性にも重視しています。どの地域で生産され、どのようにウォッシュされた豆なのか。誰が、どのように焙煎したのか。どんな淹れ方をしたのか。これに携わっている人と顧客が話せる場所でありたいと語ります。

例えば、焙煎後48時間以内に豆を利用する事や、浅煎りのシングルオリジンで、明るい柑橘の香りが立つコーヒーを提供するなど、独自のポリシーを保っています。むやみにカフェ出店の地域を拡大するのではなく、核となる焙煎所を中心に、自社のカフェと、焙煎した豆を扱うカフェやレストランのネットワークを作って、地元に根ざす強いエコシステムを作ってきました。

スモール、ローカル、サステナブル、といったヒッピー文化をルーツとする感覚、そして近年サンフランシスコ周辺で勃興している新しい良質な食文化の流れが、ブルーボトルが発展を加速させました。

なぜ、東京が選ばれたのか?

東京・清澄白河のブルーボトルオープン予定地。2014年2月撮影。
東京・清澄白河のブルーボトルオープン予定地。2014年2月撮影。

昨年11月に紙の書籍として出版した茶太郎豆央「サードウェーブ・コーヒー読本」のためにJames Freeman氏にインタビューをしました。その際に、日本について聞くと、次のように話していました。

「日本の喫茶店はとても好きで、とてもたくさんのインスパイアがあり、よく訪れています。コーヒーに対する真剣さ、何に対しても均等に気が遣われていて、抜け目がない。ブルーボトルもこうした姿勢でコーヒーを提供できるようにしたいと思って取り組んできました。そのことは、ブルーボトルの素早い成長を助けてくれました。」

銀座のカフェ・ド・ランブル、渋谷の茶亭羽當、表参道の大坊珈琲店など、お気に入りの喫茶店を数多く持つFreeman氏は、東京という街に自分の焙煎所を持つことは、一つの夢であり、恩返しであり、また里帰りのような感覚もあったのでしょう。

「米国以上に日本のコーヒー文化は洗練されています。また道具一つ一つ取っても、クラフトマンシップに尊敬しています。2013年の春に、銀座のカフェ・ド・ランブルに行きました。きれいな春の日に、エイジド・デミタスを飲みました。そうした美しい体験ができる街にブルーボトルとしてチャレンジできれば」

日本進出のため増資、集まった意外な顔ぶれ

今回の東京上陸は、米国のブルーボトルが100%子会社を日本に設立し、清澄白河に焙煎所・カフェ・オフィスを兼ねた拠点を立てることからスタートします。これに先立ち、2013年、ブルーボトルはその資金を集めるため、およそ26億円の増資を行いました。

ここに投資した人たちの顔ぶれは、意外なものでした。目立つのは、テクノロジー企業へ投資しているベンチャーキャピタルや、既にIPOやバイアウトなどを済ませた起業家たちが顔を揃えているのです。例えばGoogle VenturesのKevin Rose氏、True VenturesのTony Conrad氏、Flickr創業者のCatrina Fake氏、TwitterやMediumのEvan Williams氏、UberのGarret Camp氏など。

ブルーボトルへ投資した1人、PathのDave Morin氏とコーヒーについて立ち話をする機会がありましたが、その際に彼は「コーヒーは毎日飲むでしょう?地元のそういったものに投資をすることは、自分たちのサービスを育てることと同義だ」と話していました。

もちろん、投資なので、ブルーボトルが今後企業として成長した後、どこかに買収されるか上場にこぎ着けるといったエグジットを迎え、そのリターンを狙っている側面はあります。しかしMorin氏の短い言葉からは、それだけではない、別の意図も感じられました。

テックからライフへ

Morin氏は、ブルーボトルのコーヒーへの投資と、Pathを作ることが「同義」としていました。Pathそのものはテクノロジーですが、人々の生活の一部を受け持つことをゴールとしています。つまりテクノロジーも、いよいよ、生活を豊かにするという点において、食と同列に並ぶほどに定着したことの裏返しだと感じました。

近年、モバイル化で、テクノロジーが人々のポケットの中に入るようになると、テクノロジーが街の中で、人の生活に根ざすものが増えてきました。

例えば、Uberはタクシーがつかまらないという問題を解決しています。またAirBnBは泊まれる場所をマッチングし訪問者をより増やし、街の活性化に寄与しています。Squareは支払の不便をテクノロジー的に解決し、ブルーボトルのスタート当初のようなローカル、スモールなビジネスでもクレジットカードが利用できるようにし貢献しています。

近年、テクノロジーがライフに非常に接近してきていることがよくわかります。同時に、ライフも、ビジネスの運営をテクノロジー前提で組み立てたり、資本施策などをテック企業のような手法を使って、ビジネスを加速させています。

サンフランシスコ周辺に住んでいて、テクノロジーとライフ、それぞれの発展と成熟が、絶妙に足並みを揃えつつある。そんな瞬間を目の当たりにしています。

世界を変えるのではない

最新店舗、オークランドのW.C. Morseにて。
最新店舗、オークランドのW.C. Morseにて。

ブルーボトルが開いた最新の店舗は、オークランドで25年も放置されていたトラック販売店の建物。街を歩き、ロケーションと建物からインスパイアを得て、James Freeman氏が出店を決めたブルーボトルW.C. Morse店は、白い空間、高い天井、そして機能的で全てが見渡せるカウンターなど、ブルーボトルの店舗の中でも最高傑作といえるでしょう。

筆者が店を訪れた際に、Freeman氏が声をかけてくれました。そこでひとつ、「コーヒーで世界を変えられると思いますか?」と質問をしてみました。すると、次のように答えました。この言葉は、生活密着のテック起業家の言葉と同じものでした。

「世界を変えようと思ったことは一度もありません。ただ、目の前にあるもの、目の前にいる人を少し幸せにする、その積み重ねだと思っています」

ジャーナリスト/iU 専任教員

1980年東京生まれ。モバイル・ソーシャルを中心とした新しいメディアとライフスタイル・ワークスタイルの関係をテーマに取材・執筆を行う他、企業のアドバイザリーや企画を手がける。2020年よりiU 情報経営イノベーション専門職大学で、デザイン思考、ビジネスフレームワーク、ケーススタディ、クリエイティブの教鞭を執る。

松村太郎の「情報通信文化論」

税込330円/月初月無料投稿頻度:月4回程度(不定期)

米国カリフォルニア州バークレー在住の松村太郎が、東京・米国西海岸の2つの視点から、テクノロジーやカルチャーの今とこれからを分かりやすく読み解きます。毎回のテーマは、モバイル、ソーシャルなどのテクノロジービジネス、日本と米国西海岸が関係するカルチャー、これらが多面的に関連するライフスタイルなど、双方の生活者の視点でご紹介します。テーマのリクエストも受け付けています。

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