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Tim CookがAppleに与えた9つの変化

松村太郎ジャーナリスト/iU 専任教員
Tim Cook at WWDC16 / @taromatsumura

Fast Companyに、「9 Ways Tim Cook Has Transformed Apple」という記事が紹介されていたので、ご紹介します。

FastCompany: 9 Ways Tim Cook Has Transformed Apple

Fast Companyが挙げた9つの変化について、オリジナルの記事を脱線して、僕なりのアイディアを述べておきます。元の記事の意図と異なる部分があるので、まずはリンクを参照のこと。

1. Appleにテクノロジーの制空権を与えた

私が米国に渡ってAppleを取材するようになってから、記事の中でも強調するようになったのは、「Appleは『最先端のテクノロジー企業』ではないということ」。しかしこれは、悪い意味ではありません。

Appleは年に1度のスマートフォン刷新のペースを9年間守ってきました。他のスマートフォン企業は、より頻繁に、そして効果的なタイミングで新機種を投入します。そのたびにAppleがやっていることは、次の新機種のリーク情報を出したり、相手のブランド価値を(相手の落ち度を利用して)低く見せることでした。

裏を返せば、1年に1度以上の頻度でハードウェアやソフトウェアを刷新しても、人々はこれに適応するほど、素早くテクノロジーを取り入れることはできない、という考えの表れでもあります。テクノロジー主導ではなく、人々の生活を主導にする。

結果として、iPhoneには2年に1度という買い換えサイクルの定着と、9月というiPhone商戦のシーズンを作り出し、ハードウェアもソフトウェアも、そしてエコシステムを構成するアプリ開発者にも、1年のじっくりとしたサイクルを享受するようになっていきました。

1年というサイクルがちょうど良いかどうか検証しようがありませんが、そして後出しじゃんけんに見える瞬間も多々ありますが、一方でAppleがそのペースを保っているからこそ、Appleが新しい製品をリリースして、テクノロジーがハイプ(誇大広告)の時期を脱するきっかけをつかんでいます。

スマートウォッチにしても、ヘルスケアにしても、意識のどこかにある「Apple待ち」を感じ取ることができます。GoogleもFacebookも、このApple待ちというジレンマを打破しようとしています。ところが、テクノロジーと生活の接点がスマートフォンで在り続ける以上、Appleのこうした「制空権」は維持されるのではないか、と考えています。

2. Appleのデバイスに加え、もう1本の柱として「サービス企業」という側面を与えた

2016年第3四半期決算を見ると、ビジネスカテゴリで前年同期比プラスを記録したのは、iPadとサービスのみ。

iPadについては、デバイス単価の高いiPad Proシリーズへと軸足を移すことで、販売台数はマイナス、売上はプラス、というある意味理想的な着地を見せているようです。iPhoneについても、今後、この戦略を採っていきたいのではないか、と推測しています。具体的には、4.7インチより5.5インチが売れる、という状態が良いわけです。

そしてサービス。こちらは前年同期比19%増。前期比から微減(Appleのサマリーでは0%の変化、となっていました)。iPhone・iPadユーザーが増え続ければ、サービスは自動的に増え続ける。App Storeのおかげです。季節変化が少なく、激減することが考えにくい、積み上げ型のビジネスを構築しつつあります。

これはデバイスメーカーとしてのAppleにとって、明るい材料です。一方で、このサービスカテゴリが2桁台で減少し始めると、負のインパクトが非常に大きくなってしまうと考えられます。

その点で、Pokemon GOは2017年第1四半期、そして2017年第4四半期決算にとってリスクかもしれません。

おそらく2016年第4四半期決算のサービスカテゴリの売上は突出すると考えられる一方、Pokemon GOの長期的なプレーの難しさと厳しさ(経験上、とにかくGymで古参に全く歯が立たない)から、App Storeに与える恩恵は案外短いと考えています。

つまり、2017年第1四半期は感謝祭シーズンにもかかわらずサービスの売上が前期と比べて振るわない数字に見えるかもしれません。さらに、2017年第4四半期決算では、Pokemon GOフィーバーがないApp Storeにとって、厳しい数字になる可能性も指摘できます。

サービスカンパニーを標榜する場合、そしてデバイスと違って堅調に伸び続ける性質をアピールしたい場合、こうした前期比・前年同期比と比較した減少は避けたい事態。既に次の「Pokemon GO」を見つけたり、Pokemon GOよりも多くの人々に関係があるサービスやアプリを仕立てなければなりません。

その点で、サービス企業としての側面は、まだ楽観視していない、というのが私の考えです。

3. BtoBへの進出

IBM、CiscoといったBtoB企業との提携は、コンシューマーテクノロジー企業であったAppleに、エンタープライズカテゴリという新たな側面を与えています。iPad Proは、6億台とも言われる5年以上前のモデルのPCの代替としての市場を狙っています。

面白いことに、この代替のカギを握るのは、そのPCプラットホームを牛耳っているMicrosoft、というところでしょうか。iPad向けのOfficeアプリは、あまり手抜きが感じられない点に、懐の深さを感じます。

実際、Microsoftも、もちろんWindowsのライセンスやOfficeのソフトウェア販売の収益は無視できませんが、定期購読型、クラウド型へのビジネスの展開を行っており、必ずしもiPadが「邪魔な存在」というわけではなさそうです。

取り組みは始まったばかりで、なんらかの良いアナウンスがなされることを期待しています。

4. ファッションブランドに仕立てた

Fast Companyは「Appleはファッションブランドだ」と指摘していますが、この点には同意できません。

やはり、工業デザインの域に留まっている、というのが感想です。別にこれも悪いことではありません。その形や人の使用を通じて、「モノの意志」を感じることができるし、それはハードウェアとソフトウェアの組み合わせによって成立している、非常に貴重な存在です。

前述の通り、Appleはテクノロジー業界での「トレンド」を作り出していますが、最先端ではありません。iPhoneを持つことに、さほど思想は感じません。私にとっては、非常に合理的な理由がそこにあります。Appleギークはファッショニスタではありませんしね。

Apple Watchも、宝飾品にはなっていません。100万を超えていても、素材の価格であって、その存在の価値ではない。やはり中身は合理的かつ、経年の結果、代替されてしまう。それでも、バンドを通じて日々を楽しむ世界には踏み込んだ。これはテクノロジーにとっては、大きな一歩です。

それでもやっぱり不十分。それだけ、ファッションはテクノロジーよりも長くて深いものなのだ、ということだと思います。

5. App Storeをマーケティングプラットホームにした

これも、Fast Companyの意見には同意しかねます。もうちょっとGoogle Playを見た方が良いと思うからです。App Storeのページのデザインや広告、アナリティクス、値付けや購読の自由度など、やるべきことはたくさんありますよね。

6. Appleにパブリックベータというカルチャーを作った

Appleは秘密主義でインパクトを与えるマーケティングをしている、というのは過去の話。わりといろいろな手段で情報を知ることができるようになりました。ゆるゆるのリークも含めて。

パブリックベータは、ソフトウェアの完成度を高める上で非常に良い方法だと思います。最新のバージョンのOSへの対応を素早く拡げる際の「ローリングスタート」のような役割を果たす重要なプロセスになっています。

私は幸いなことに、Appleから情報開示を受け、今現在ではiOS 10・macOS Sierra・watchOS 3のパブリックベータ版に関する言及を、メディアで行うことができます。

個人的には、あるタイミング(例えばリリースの1ヶ月前頃から)、より多くの人々が言及できるようにしても良いのではないか、と思うのですが。

7. 新たなビジネス領域への進出

自動車、ヘルスケア、医療研究、エネルギーと、デバイスとソフトウェアの企業としては異例の速度で、ビジネス領域を広げるようになったのが、Tim Cook時代のAppleです。

人々の生活の中核にiPhoneを据えたとき、そしてスマートフォンがスマートフォンとしての発展に限界を迎えたときに何が起きるか。これを見越して取り組んでいる、と見ることができます。

昨年の私の原稿でよく使っていた表現は、「AppleはiPhoneのデバイスよりも長い寿命や耐用年数のものとの連携を目指している」ということです。

iPhoneの推奨する買い換え周期が2年、願わくば1年というサイクルは、裏を返せば、1〜2年に1度、iPhone以外のスマートフォンに買い換えられてしまう可能性を秘めているということです。

引き続きiPhoneプラットホームに残ってもらうには、iPhoneとiOSを魅力的かつ、ユーザーの期待と他社製品を上回る「クールなモノ」にしておく必要があります。これまで実直に取り組んできましたが、前述の「スマートフォンとしての発展の限界」が見えてきた。

そこで、Appleが今取り組んでいる戦略が重要になってきます。

自動車は、米国では2年ローンでクルマに乗っている人も少なくありませんが、きちんとメンテナンスすれば10年以上は乗り続けることができるでしょう。住宅、30年近いローンを組むとすれば、途中で売却しない限り、住み続けることになります。

自動車や住宅がiPhoneと連携して快適な機能を提供するとすれば、そのクルマに乗り続け、その住宅に住み続ける限り、iPhoneを買ってくれる可能性は高まります。もちろん、自動車メーカーも住宅メーカーも、iPhoneだけに対応するのはリスクですが。

そして健康や医療。人の寿命が70年から100年だとすれば、例えば15歳でiPhoneを持って健康管理を始めれば、55年以上iPhoneを使って、自分の体を大切にしていくかもしれません。Appleは「若者と健康」に関するなんらかのアプリやステイトメントを出すべきだと思いますが。

スマートフォンそのものの発展への限界を超える取り組みにも期待しています。しかし生活の中でスマートフォンと連携できるモノを増やしていくことは、スマホそのものの発展以上に、我々の生活を変える手段になるでしょう。

8. 世界金融に大きな影響力

Appleは最近、日本での雇用創出に関するレポートを公開しました。これによると、Appleが日本で創出または支援してきた雇用は71万5000人としています。また、App Storeは、既に500億ドルもの収益を開発者に分配するプラットホームに成長した点をアピールしています(このうち日本の開発者は96億ドルを獲得)。

Appleの売上は、世界の経済に既に大きな影響を与えています。

雇用創出 - Apple(日本)

Appleはイノベーションを中心に置きながらまったく新しい製品を生み出し続け、同時にまったく新しい産業を作ってきました。そして日本全国で71万5千を超える雇用の創出を後押ししてきました。

他方、Appleには2330億ドルの現金が手元にあり、自社株買いを1170億ドル行ってきました。Appleはスタートアップではありませんが、キャッシュは時間であると考えれば、Appleが1年というサイクルを守って新製品を出したり、研究開発投資を数年にわたって行う「体力」が存分に備わっています。

Appleが今後どこに巨額の投資するのか。これは、冒頭に書いた通り、テクノロジーの制空権がどこに及ぶのかという方向付けを確認する指標になるのです。

9. 人々の代弁者に

AppleはTim Cook氏のリーダーシップの元、人類の多様性、文化、持続可能な発展の礎となる地球環境、気候変動といった問題に対して積極的に取り組んでいく姿勢を明確にしてきました。

2016年初頭は、プライバシーの問題で、FBIへの協力を拒むなど、以下に人々の側に立ってテクノロジーを主導していくか、に努めてきました。特にFBIの問題は、米国を二分し、半数は、テロ捜査に非協力的なAppleの態度に同意しない人々を作り出していました。それでも態度を変えず、プライバシーを自社の信念に置きつつあります。

また、前述のSamsungに対するスマートフォンデザインに対する裁判についても、法廷戦略であるという前提もありますが、工業デザインについて、そしてデザインを尊重すべきという主張は、世界中のデザイナーを代表する「声」をまとめてきました。

Appleは、カリフォルニア的な「良心」の代弁者であり、そのことを強く意識させる出来事が多くなってきた印象です。前述の、世界的に影響のあるテクノロジーの制空権、金融パワーを背景に、このカリフォルニアの良心が、世界に発信されているのです。

ジャーナリスト/iU 専任教員

1980年東京生まれ。モバイル・ソーシャルを中心とした新しいメディアとライフスタイル・ワークスタイルの関係をテーマに取材・執筆を行う他、企業のアドバイザリーや企画を手がける。2020年よりiU 情報経営イノベーション専門職大学で、デザイン思考、ビジネスフレームワーク、ケーススタディ、クリエイティブの教鞭を執る。

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米国カリフォルニア州バークレー在住の松村太郎が、東京・米国西海岸の2つの視点から、テクノロジーやカルチャーの今とこれからを分かりやすく読み解きます。毎回のテーマは、モバイル、ソーシャルなどのテクノロジービジネス、日本と米国西海岸が関係するカルチャー、これらが多面的に関連するライフスタイルなど、双方の生活者の視点でご紹介します。テーマのリクエストも受け付けています。

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