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ジャパンオープン2014館山から見た、日本オープンウォータースイミング界の可能性

田坂友暁スポーツライター・エディター

ボディコンタクトあり、駆け引きあり。「マラソンスイミング」の名称で、2008年北京五輪から正式種目の仲間入りを果たしたオープンウォータースイミング(OWS)。その日本代表を決める大会、ジャパンオープン2014が7月20日に、千葉県館山市北条海岸で行われた。北条海岸は、別名「鏡ヶ浦」といって、穏やかな水面が特徴な海岸。大会当日も曇天ではあったものの、風は少なく、波も小さくて最高のコンディションと言える状態でスタートを迎えた。コースは、1周1250mの周回コース。五輪種目で、今年8月にオーストラリア・ゴールドコーストで行われる第12回パンパシフィック選手権の代表選考レースとなる10kmは、これを8周で競うことになる。

先を見据えたなかでの優勝

注目は、男女10kmに出場するOWSオリンピアンの平井康翔(朝日ネット)と貴田裕美(ALSOK群馬)に加えて、男子1500mの元日本記録保持者で、日本人で初めて15分の壁を突破した宮本陽輔(自衛隊)の、3人のレース展開。

引き潮の状態だったので、桟橋からのダイブスタートは危険ということで中止となり、男女同時のフローティングスタート(水中からのスタート)。レースは序盤から平井と宮本が引っ張る展開で、OWS界若手の松村脩平(中京大)と三村浩介(福岡大)が続き、この4人が先頭パック(集団)を構成する。

レースが動いたのは、ラスト8周目だった。平井、宮本がラストスパートをかけて一気に抜け出し、第4ブイを回っても2人が並んでいる。最後、ゴールゲートへのタッチの差で平井がレースを制して優勝を果たした。宮本との差は、たったの0秒25。2時間弱のレースの結果がタッチ差とは、いかにOWSが厳しい種目かを物語っている。一方の貴田は、女子のなかでは独走状態。最後まで危なげないレースで優勝を飾った。

レースだけを見れば、平井は苦戦、貴田は快勝と言えるのだが、それだけではなかった。この2人は、今大会をどうやって次の国際大会、引いては来年の世界水泳選手権、リオデジャネイロ五輪を見据えたレースを行っていたのである。

OWSの世界では、レースの経験値が選手を成長させる

五輪後、平井は拠点をオーストラリアに移し、日本では経験できないOWSの練習法やレースへの対応の仕方を学んできた。そして彼は「ようやくレースをコントロールして、主導権を握れる泳ぎができた」と話した。

OWSは風、波、潮の流れといった、刻一刻と変化する自然にどう対応するかが大切だ。さらに10kmという距離で、決着は早くても2時間弱という長丁場。競泳のように一定のペースを刻むことなど、まず不可能なのだ。レースのなかでスピードを変化させたり、周りの選手を見て展開を変えたりするテクニックがOWSには欠かせない。特に、レース内でのスピードを変化させることは、身体に大きな負担をかけてスタミナを消費するため、多くの経験と厳しい鍛錬が必要なのだが、平井は今大会でそれをやってのけた。

ポイントは、6、7周目だった。「水面がチョッピー(荒れた状態)になってきたので、こういうときはスピードを上げても、ほかの選手とは差が開きにくい。だからペースを一端落として、ラストでスピードを上げて勝負するつもりだった」。自然の状態に対応して見極めたうえで、平井はスピードに緩急をつけることを選んだ。このスピードの変化に身体がしっかりついていったことが、今大会における平井の最大の収穫だったのである。

貴田は、国際大会では必ずといっていいほど起こる集団での激しいポジション争いを見据えて、「できるだけ男子の集団についていって、集団での泳ぎ方を体験できたらと思っていた」と、男女同時スタートという今大会の特性を利用した。結果的には、貴田が泳いでいた第2パックが早々にばらけてしまったのだが、3周目くらいまでは集団を形成していたので良い経験になったと話す。

平井も貴田も、10kmというレースのなかで、自分のスピードをコントロールしたり、周りとのコンタクトに対応する力を身につける、もしくは確認するという目的を持って、今大会に挑んでいたのである。OWSはスピード、泳ぎのテクニックだけでは勝負にならない。2人が口を揃えて大切だと話すのは、「レースの経験値」。様々な自然環境と集団での人に対する対応力、それを支えるスピードのコントロール力は、練習では身につけることは難しく、どれだけ多くのレースを体験したかがカギを握る。今や日本には敵なしと言っても良い2人にとって、国内の大会でも、世界と戦うための経験値としなければならない。平井にとっては、環境への対応力とスピードのコントロール、宮本という地力のある選手と泳げたことが大きな経験値となった。前半だけではあったが、女子よりも体格の良い男子の集団で泳げた貴田は、激しいボディコンタクトでの対応力を身につけられたことだろう。

2010年から本格的にOWSの世界に飛び込んだ2人は、いまだ成長過程にある。今後、彼らはどのような経験を積み、世界に挑んでいくのか。レースひとつ一つが見逃せない。

※公式リザルトは下記URLで公開中。

日本水泳連盟公式HP トピックス

スポーツライター・エディター

1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのエディター・ライターとして活動を開始。水泳の知識とアスリート経験を生かして、水泳を中心に健康や栄養などの身体をテーマに、幅広く取材・執筆を行っている。

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