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ゴーストライターという生業

田代真人編集執筆者
世界も驚愕!

昔から当たり前のように存在し、言葉としても日常的に使われている「ゴーストライター」。そういう業界に身を置くものとして、昨今の話題にはちょっと考えさせられることがあったので、ここに記しておきたい。

今回の騒動で、最初に違和感をもったのが、“作曲家のゴーストライター”というところだ。ビジネス書や実用書、エッセイなどのゴーストライターは日常的な“仕事”として存在していると理解していたので、音楽の世界でゴーストライターという仕事がよもや存在しているとは思わなかった。

考えてみれば存在してもおかしくはないのだが、音楽の世界には「この曲に影響を受けた」という“盗作”問題はあってもゴーストライターなるものがいるとは思っていなかったのである。

それはさておき、なぜ今回問題になったのかを冷静に考えてみた。

まず、これだけ騒ぎになるということは、騒ぎにしたくなるほどの著名人であったということ。自身の創作物を評価されて著名になった人物の“創作物”は、その人物が創ったものではなかったわけだ。

出版の場合、名前が売れている経営者やタレントなどが書籍を発行する企画が持ち上がり、しかし忙しくて執筆の時間が取れない、または、そもそも文章を書くことが得意でないという人の場合、ゴーストライターを立てることが多い(ちょうど良い記事があったのでリンクしておく)。

これはあえて秘密にするべきことでもないだろう。あくまで内容は、その“著者”がいなければ書けないことだからだ。小説であれば、文章の巧さは直接的に評価につながるが、前述の場合はそうでもない。文章の巧さよりも、“著者”のもつノウハウやストーリーのほうが大切だ。

だからゴーストライターは“著者”とじっくり話をし、著者の表現したいことを文章に置き換えていく。多少は“著者”が言葉にしていないことを、“著者”の気持ちを慮って創作し、書くこともあるが、そこはゴーストライターの“腕”として、逆に評価され、そのことがゴーストライターもプロであるという自負の裏付けになる。

また、そもそも書籍1冊書き上げるというのは、それなりに大変な作業だ。だからこそ作家志望の人が、習作としてゴーストライティングをすることもある。実はこれはそうとうな練習になる。

書籍1冊書き上げるのは、マラソン42.195kmを完走するにも等しい。ただ“著者”がインタビューで話したことを、そのまま文字にするわけではなく、読者に最後まで読んでもらえる1冊に仕上げなければならないから。構成なども必要になってくる。

もちろん編集者も伴走するわけではあるが、それにしても、マラソンと同様に完走できるゴーストライターでないと仕事を頼めないのだ。マラソンには“30kmの壁”があると言われるが、書籍もそうだ。10万字以上もある1冊の書籍を書く過程で、8万字で書けなくなってしまえば、仕事として納品できない。だからこそゴーストライターにもやり遂げる力と品質を求めるわけだ。

もちろん“著者”とゴーストライターの間では、前もってギャランティや著作権譲渡の契約をする。昔は、契約書すらなく、口約束ということも多かったが、最近はさすがに少ない。ギャランティのなかには印税契約が含まれることもあるので、その場合売れれば売れるほどゴーストライターのもとにも印税が入ってくる。

しかし“買い切り”の場合も多い。100万円程度の執筆料で仕事として請け負うのだ。もちろん印税が入ったほうがモチベーションアップにはなるが、そうそう売れるものではないということもよくわかっているので、この辺りで手を打つわけだ。

さて、今回の騒動に話を戻そう。

今回、やはり大きかったのは、佐村河内氏が著名になってしまったということだろう。新垣氏も会見で「どうせ売れるわけはない、という思いもありました」と言っている。

つまりこのまま売れなければなんの問題にもならなかったわけだ。しかし新垣氏の予想に反して売れてしまった。佐村河内氏にしてみれば、売りたいがためにいろいろな仕掛けを施していたわけなので「当たった!」という想いのほうが大きかったのだろう。

売れたから、新垣氏は次々と創作を依頼されることになったわけである。そして断り切れずに作曲を続けたわけだ。佐村河内氏も話題を提供し続けなければならないので、そのためにも楽曲が必要だった。

著名になるということはさまざまなリスクを伴ってくる。ネットに上げられているブログにしてもそうだ。だれも知らない人がどんなに嘘を書こうがだれも騒ぎはしない。しかし、一度著名人が嘘を書けば炎上してしまう。影響力がなせるワザである。

つまり、著名になると言うことは影響力が大きくなるということ。また、影響力が大きくなれば影響を受ける人が多いという以上に世間から注目を浴びてしまうことにもなる。

今回、佐村河内氏は、著名になるために、人々が感動するプロフィールを持つ作曲家という虚像を創作し、そのために演技を重ねていった。しかし、彼が想定していなかったのは、著名になるということの影響力とその代償であろう。著名になりたいだけでその先の考えがなかった。

彼がもっと賢ければ、早い段階で新垣氏に代わるゴーストライターを見つけ、まだまだ人々は騙され続けていたのかもしれない。

編集執筆者

1963年福岡県出身。86年九州大学工学部卒業後、朝日新聞社入社。その後、学習研究社にてファッション女性誌編集者、ダイヤモンド社にてWebマスター、雑誌編集長、書籍編集などを経て、2007年メディア・ナレッジ設立。代表に就任。出版&電子出版、Webプロデューサー、PRコンサルタントとして活動。現在は、駒沢女子大学教授、桜美林大学非常勤講師を務める。専門は「コミュニケーション」「編集論」。

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