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米トランプ次期大統領が会見で狙ったものは

立岩陽一郎InFact編集長
(写真:REX FEATURES/アフロ)

選挙後初の記者会見として注目されたトランプ次期米大統領の記者会見(米国東部時間11日)は、日本ではCNN記者の質問に応じなかったことや日本を名指しで批判したことなどが報じられているようだが、勿論、それだけではない。そこにはトランプ氏の周到な準備の上での狙いが有ったとみられる。トランプ氏の狙いとは何だったのか?

●最初に問われたのはロシアのハッキング問題

最初の記者からの質問は当然、対ロシアの問題だった。それについての情報機関からの説明について問われると、トランプ氏は堰を切ったように話し始めた。

「情報機関から金曜日に説明を受けて、勿論、その詳しい内容については話すことができないが・・・」

大統領選挙に際してロシア政府がハッキングによって関与したと米国の情報機関が結論づけたこの問題については、トランプ氏は直接、情報機関から説明を受けている。それに加え、会見の直前に米国のメディア「バズフィード」とCNNが、ロシア政府がトランプ氏の不名誉な行為などの弱みを握っているとした情報機関作成と思われる報告書の存在を報じている。質問はそれにも及んでいたが、トランプ氏は、そういう報告は受けておらず誤った報道だと否定した。

(参考記事:トランプの米国とどう向き合うか

暴言で知られるトランプだが、実は、記者会見などは周到に準備することが知られている。この会見について言えば、狙いの一つに、一連のロシア関連の問題に区切りをつけることがあったと考えるのは自然だろう。ただ、それは米国民に対してというよりも、異なる二つの対象に対して明確なメッセージを送ることだったように思える。

●情報機関へのメッセージ

一つは、自国の情報機関へ向けてだ。トランプ氏は、会見で初めて、大統領選挙で行われたハッキングがロシア政府によるものと認めて次の様に話した。

「ハッキングに関しては、それはロシア政府がやったものだ。それは確かにやってはならないことだ」

ロシア以外にも、中国も行っていると続けたが、これまで認めてこなかったロシア政府の関与を認めたことは大きい。

また、この問題に触れる際に、威厳を示したかのように語った情報機関の守秘義務話も一種のメッセージだったのではないか。そのいささか芝居がかった表情は、彼が情報機関に対し、「私を信用して欲しい、そうすれば互いに良い仕事ができる」と言いたかったのではないかと思えてならない。

●プーチンへの牽制

そしてもう一つの対象は、ロシア政府及びプーチン大統領だろう。トランプ氏は次の様に語った。

「プーチンがトランプを好きだとして、それは何だ?それは『資産』であって『負債』ではない」。

その上で次のように話している。

「プーチンとはうまくやりたいが、やれないかもしれない。やれない可能性は大きい。もしうまくやれない場合、ヒラリーと比べてどっちが彼に厳しい対応をとれるか、ここにいる誰でもわかるだろう。冗談もいいかげんにしてくれ」

つまり、自分はロシアに甘い顔をするものでないと表明したわけだ。冗談めかして語っているが、これはプーチン大統領とロシア政府を牽制するものだろう。

(参考記事:トランプの米国とどう向き合うか? (2) トランプ勝利を予言した米紙の記事)

会見でもトランプ氏は、ロシアの協力を得ながら特に混乱の極みにある中東政策にあたるとの従来からの主張は維持している。トランプ氏は、今後、オバマ政権が科したロシアへの制裁を解除する方向に動くだろう。その上で、イスラム国(IS)への対応でロシアと共同歩調をとる可能性が高い。

その際に障害となるであろうスキャンダラスな問題に区切りをつけ、一方で、ロシア政府に対して甘く見るなとくぎを刺したという事だろう。

では、その狙いは達せられたのか。トランプ政権が一定の距離感を持った関係を維持すればという前提はつくが、ロシア政府と従来にない緊密さを演出しても政権が混乱することはないのではないか。もっとも、そこには新たな疑惑が出てこなければというもう一つの前提はつく。

●本当の狙いは利益相反問題の解消

しかし、ロシア問題より力を入れて狙ったのが利益相反の問題だ。トランプ氏が問われている最も大きな問題は実はこれだ。巨大ビジネスの経営者が大統領の地位にいるということで、自己の利益に沿った政策を行うことが懸念されているのだ。

トランプの企業グループは不動産業を中心に各国でビジネスを展開し、或いは展開しようとしている。最近も、中南米での事業展開の話が問題視され、グループの弁護士が否定に躍起になるということがあった。

この問題への説明は特に力の入ったものだった。まず、自らが企業グループの経営から手を引き、経営を2人の息子に託すことを決めたと発表。そのために必要な膨大な資料を記者の前に並べて見せて、「私は経営に関する相談にはのらない。のっても問題はないのだが、それはやらない」と言った。

(参考記事:トランプ氏が「カード」にする米軍おもいやり予算

その上で、弁護士も入れて細かい法律の問題にまで言及。ここで強調したのは、利益相反はそもそも大統領に対しては法的な問題が生じないということと、その一方で、それでも人々の不信感を持たれない為の措置をとったというもの。

しかしこの問題はロシアの問題のように言いっぱなしで終われる問題ではない。当然、この会見でこの問題に幕引きとはならないだろう。トランプ氏は自らの会社の経営から手を引くとは言ったが、株主としての権利は保持するとしている。自らを会社の利益と完全に分離できる状態とは言い難い。また、大統領職が利益相反の問題に接触しないという解釈にも異論は有る。

その上、トランプ氏は1つのエピソードを紹介している。つい最近もアラブ首長国連邦の知人から多額のビジネスを持ち掛けられたというものだ。それを自分は断ったと高らかに語ったわけだが、それはつまり、そういう話が今後も付きまとうということを意味している。手を変え品を変えて説明を尽くしているように見えて、極めて脆弱な理論武装のように思える。

それにこの問題はトランプ氏だけの話ではなく、そもそも政権そのものが利益相反の巣窟のような状況だ。ホワイトハウス入りが決まっている娘婿や投資家の話などは既にYahooでも伝えている。

この利益相反の問題はこの会見で幕引きをはかるどころか、今後、場合によってはトランプ政権の命運を決めるスキャンダルに発展する恐れさえある。かつてニクソン政権が、ウォーターゲート事件で自壊したように。

●CNN批判も狙いのうちか

実は、この会見には、もう1つ、トランプ氏の狙いが隠されていたと私は見ている。それは、CNN記者とのやり取りだ。

CNNが報じた内容に関連した質問は既にほかの記者から受けており、トランプ氏は否定している。仮にCNNの記者から質問を受けても、同じように受け流せばその場は少なくともしのげる。

また、質問する記者を指名するのはトランプ氏だったわけで、単純にCNN記者の質問の声を無視するという手法も無いわけではない。何も、「お前は(お前の会社は)いかさま放送局だ」と言い放つ必要はない。もっともトランプ氏は、「You are fake news」としか言っておらず、これを「お前」と訳すか「あなた」と訳すかで印象はかなり違うとも言えるのだが。

私が見たところ、トランプ氏対CNNは、トランプ氏側が仕掛けた喧嘩だった感じが強い。そして、ここにトランプ氏の、「トランプ劇場」のプロデューサーとしての側面を見るような気がする。一部のメディア、それもリベラルなメディアをとらえて敢えて敵対して見せることで、保守派の支持者に強い大統領をアピールする狙いが有ったのではないか。

誤解を避ける為に言うが、私はこの次期大統領の言動に極めて憂慮している者の1人である。

しかし、だからこそトランプ氏は冷静にその言動を分析する必要があると思っている。トランプ政権はその内部に利益相反という極めて危険な問題をはらんでの船出となる。それは癒着や腐敗とつながる恐れが高く、政権をコントロール不能にする恐れもある。また、そうした際に批判をかわすために、一部の保守層に支持されそうな少数者の人権を奪うような政策を強行する恐れもある。冷静な検証が必要だ。

●トランプ氏が陥った危うい瞬間

実は今回の会見で、トランプ氏に危険信号が灯るかと思われる瞬間が有った。それはCNN記者の質問を拒否した時のことだ。

この時、仮に、次にトランプ氏に指名された記者が、「私のこの重要な権利を、私は自分の良心に従ってCNNの記者に譲る」と言ったらどうなっていたか?

トランプ氏はいまいましそうに別の記者を指すだろう。そしてその時、その記者も、「閣下、私にとって極めて重要な質問の機会ですが、報道の自由と私の良識に従って、私はその権利をCNNの記者に譲ります」と言ったら?そしてその次の記者もまた・・・。

仮にそうなっていたら会見はトランプ氏にとって破壊的なものになっていたかもしれない。そして、その時、米国民は「トランプ劇場」の酔いから醒めたかもしれない。

しかし、現実には、そうはならなかった。トランプ氏に指名された記者はそれぞれの仕事をそのまま全うし、そして記者会見は1時間ほどで終わった。そして、「劇場」はこれから本番が幕を開けるのである。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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