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「小学校英語に教員の半数近くが反対」―その意味は?

寺沢拓敬言語社会学者

小学校英語に関して、毎日新聞に次のようなニュースがあがっていた。

小学英語:半数近く反対…教員、授業増を懸念 - 毎日新聞

ここ最近の小学校英語に関する報道は、行政側、さもなくば学者(※)の見解ばかりで、現場の声が軽んじられている印象があったので、この記事の問題意識にはたいへん共感する。共感するだけに、調査の仕方があまり良くないのが残念。以下、その点について書く。

(※ ただし、英語教育学者には行政の見解を代弁するだけの学者も多い)

調査設計の問題点

記事の冒頭部分を見てみよう

次期学習指導要領の改定に伴い、2020年度に英語が小学校高学年で正式教科になることについて、毎日新聞が高学年を担当する小学校教員100人にアンケートしたところ、半数近くが正式教科化に反対した。賛成は3割しかいなかった。慣れない授業や授業時間の増加で負担が増すことへの懸念や不安が浮き彫りになった。

アンケートは8月下旬〜9月上旬、47都道府県の男性49人、女性51人を対象にした。年齢は20代11人▽30代28人▽40代37人▽50代24人。

英語の正式教科化には半数近い45人が「反対」と答えた。「賛成」は29人、「どちらでもない」は26人だった。

出典:http://mainichi.jp/articles/20160918/k00/00m/040/057000c

「計100人は少ない」と多くの人が気がつくと思う。念のため書いておくと「標本サイズ=100」というのが即悪いとは言えない。ごくシンプルな調査ならばギリギリ許容できる数だからだ。もっとも学校教員の状況ははるかに複雑なので、いずれにせよ少なすぎることは事実だが。

ただし、「100人」よりも大きな問題なのが「47都道府県の男性49人、女性51人を対象にした」の部分である。この記述を見る限り、「47都道府県から最低一人(おそらく男女最低一人づつ)選んだ」ということだろう。そうでなければ「全国の男女100人を対象にした」と書くはずだからだ。

一都道府県から数人しか選ばれなかったのならば、「そんなわずかな声ではその都道府県を代表できない」という批判が当然ついて回る。しかも、教員数は都道府県によって当然ながらばらつきがあるのだから、結果を「教員全体の声の縮図」と見なすのはいっそう難しくなる。たとえば、東京都と鳥取県とでは公立小学校教員数(本務者)で実に10倍以上の差があるのだ(こちらの統計を参照)。各県に住む教員の知り合いにデタラメに頼んだだけではないかなどと思わず邪推してしまう。

小学校教員に教科化反対が多いのは自明

実は、毎日新聞のアンケートよりもかなり信頼性の高い調査が2010年にベネッセ教育研究所によって行われている。

「第2回 小学校英語に関する基本調査(教員調査)」である。全国の公立小学校から8,000校を無作為に抽出し、教務主任および5・6年生の学級担任に回答を依頼したもの。この点で回答者数・サンプリング方法いずれの点でもきちんと設計されている。

小学校英語に対する態度についてはこちらのページに報告書がある

このページの「国語や算数などのように、小学校で英語を教科として扱うことについて」という項目が、毎日新聞アンケートの「正式教科への賛否」に対応している。

2006年調査との比較も載っているが、2010年調査の結果だけ抜き出してみよう。

小学校で英語を教科として扱うことに…

  • 賛成... 7.7%
  • どちらかといえば賛成... 19.5%
  • どちらかといえば反対... 31.6%
  • 反対... 35.0%
  • よくわからない:5.3%、無答不明:0.9%

上記のように「反対+どちらかといえば反対」が66.6%とおよそ3分の2を占めている。小学校教員は基本的に反対なのである。

先日の記事(「小学校英語教科化をめぐって」)でも指摘したように、小学校へのバックアップ(予算・人的支援・研修等)を欠いたまま、現場にいわば「丸投げ」する形で小学校英語が導入されつつある。そのような状況であれば、小学校教員に「負担」という名のしわ寄せが来ることは目に見えており、反対多数になることも無理もない。同調査は2010年のものだが、こうした「丸投げ」状況が改善したという話は寡聞にして知らないので、現在の賛否もたいして変わらないだろう。

必要なのは、教員がなぜ反対しているのかを伝えること

研究者を含め私たちが一般の人々に伝えなければならないのは「小学校教員がどれだけ反対しているか」ではない。それは各種調査からすでにわかっていることだ。

むしろ今後の報道に期待すべきは、なぜ反対しているのかという点である。小学校教員は単なるイデオロギーで反対しているわけではない。前述のとおり、政府・文科省のバックアップがないまま教員の自己負担だけが増えている状況、そうした状況をきちんと周知する必要がある。

公平のために付け加えておくと、先程の毎日新聞の記事にそのような視点がなかったわけではない。むしろ記事の後半では負担増を不安視する教員の声を短いながら紹介している。

とはいえ、短い。短すぎる。新聞記事にありがちな「いろんな意見がありますね」という形式なので、一般の人々はなかなかその大変さをイメージできないだろう。せっかく各人にインタビューしているのだからもう少し突っ込んだルポルタージュがあったほうが良いのではないだろうか。

一般の人々の間では教科化への支持が非常に大きい(→詳細はこちら)。この支持の大きさは、「現場に『丸投げ』で教科化されつつある」という事実をよく知らないからこそではないだろうか。つまり「実情を知らないがゆえの楽観」に支えられているように思うのである。

当然ながら一般の人々の英語教育に関する無知を責めるわけにはいかない。家族の問題、仕事の問題、政治、経済、英語以外の教育問題、関心を払わなければいけないことは山ほどある。こうした状況のなか、マスメディアが「行政側の小学校英語に対する見解」だけを垂れ流すならば、現場サイドの困難にまでなかなか想像力が働かないだろう。

「なぜ教員は反対しているのか。反対するからには深刻な事情があるのではないか」。そうした視点が必要である。これはマスメディアだけでなく、研究者(および研究者の卵である大学院生)の調査に言えることでもある。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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