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小学校英語は労働問題

寺沢拓敬言語社会学者

小学校の英語は3年生から 学習指導要領の改訂案公表 | NHKニュース

学習指導要領の改訂案が公表された。

2020年より、外国語活動(事実上の英語学習)が3・4年から、教科としての外国語(英語)が5・6年からスタートする。

こうしたタイミングもあり、先日、徳島新聞から取材を受けた。小学校英語反対派の研究者として、である。

同記事はウェブ上にはアップされていないようなのでここで紹介することはできないが、要点としては次のような点である。

  • 文科省は「小学校英語で英語力がアップ!」みたいなことは声高には言っていない
  • その代わり「慣れ親しむことには効果がある」と言っている。しかし、まともな根拠は示さない。
  • 大改革にもかかわらず、予算縮小の流れの中で予算的裏付けはない。
  • 結局、現在いる人員に微々たる研修をすることで現場にそのまま丸投げすることに。現場への負担は増すばかり。

今回のインタビューでは、「早くから英語を始めると国語がダメになる」ということは一切言わなかった。むしろ私が記者に伝えたのは「そういうことを言う反対派はみんなアホだから無視したほうがいいですよ」という点だ。この部分は当然ながら記事にはされなかった(笑)

小学校英語は労働問題

私は修士の院生の頃から小学校英語政策の問題に取り組んできた。

それからもう10年以上経ったことになる。

当時から、「公立小学校における英語必修化・教科化は、第一に、労働問題である」と考えていたが、今でもそのスタンスは変わっていない。

当時も「小学校で英語を始める」と「大規模な予算はつけない」ということがまるで当然のように語られていた。場合によっては小学校教員の専門性を賞賛するような美談として持ち上げられていた。

結局、この2つの相反する目標を同時に両立させるミラクル解が、「わずかな研修、わずかなサポートで担任に教えさせる」だったのだ。

「新たな教育施策を始めるにあたって必要なコスト」を財政的な裏付けではなく、担任の努力、学校関係者の負担に依存しているというのが今回の必修化・教科化の重要な点である。

「第一に、労働問題である」と考える理由はここにある。

条件付き賛成派と条件付き反対派

インタビューでは、小学校英語の推進派・慎重派の研究者がどう分布しているかという点についても話した。

この分野の「研究者」には、修士号(博士号ではなく)すら持っていない「研究者」もいるので、なかなかややこしいのだが、次の4つのパタンにわけるのが手っ取り早い。

  • 原理的賛成
  • 条件付き賛成
  • 条件付き反対
  • 原理的反対

このうちの両極端、つまり、どんな形の導入であれ小学校英語は益しか生まないと考える原理的賛成派と、どんな形の導入であれ害悪しか生まない(「日本語がおかしくなる」とか「アイデンティティが蝕まれる」とか)と主張する原理的反対派は、正直なところ、結論ありきで賛成・反対している狂気以外の何者でもないので無視したほうがいいと思う。

一方、条件付き賛成派の人のなかには、「導入はOK。しかし、教員研修が大事だ」とか「導入はありだが、サポートが必須だ」と、きちんと労働環境に条件をつける人も多い。その点で、私とほとんど同様の現象認識である。

異なるのは、財政的裏付けについて楽観的か悲観的かという点だろう。

私の立場は「予算がつく見込みもないのなら、『研修大事』『サポート大事』という理念は単なるスローガンで終わるから無意味だ」である。

理念だけ言って財政的裏付けが伴わない。このような失敗事例は過去に何百とある。今回の小学校英語導入がその例外になると考えるのはあまりにも楽観的だろう。

エンタメとしての小学校英語

翻って、一般の人々が「消費」する小学校英語論、いわば「エンタメとしての小学校英語」では、この問題の労働的側面は人気がない。

人気なのは「英語を早くから始めると国語がダメになる」「小学校の(and/or 日本人の)先生が教えたってダメ」辺り。

一般の人が注目するのは良くも悪くも「学習者」の側面だけなんだろうと思う。

しかし、極端なことを言えば、週に90分程度の「改革」で、子どもの発達が良い方向にせよ悪い方向にせよ劇的に変わることはないだろう。

この改革が深刻な影響をあたえるのは、まず第一に、教員の就労環境・プロフェッショナリズムである。もちろんそれが回り回って子どもの学びの状況に影響する危険性はある。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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