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おかしな「グローバル化」という言葉の使い方。

寺沢拓敬言語社会学者

『英語教育』(大修館書店)2017年3月号の「英語教育時評」に拙文を寄せました。刊行から1ヶ月が経過したのでこちらに掲載します。

なお以下は草稿で数百字オーバーしてしまっています。実際に掲載されたものとは結構異なります。

丁寧に「グローバル化」を使おう

「言葉の教師たるもの、言葉を乱暴に使うなかれ」とはこの業界で人気のスローガンだが、今回は、英語教師に粗雑に扱われている可哀想な言葉の話をしたい。それは「グローバル化」である。

英語教育の学会や講演会、あるいは出版物で、グローバル化は陳腐な枕詞となりつつある。「グローバル化に対応した教育を云々」と語り出す人の多くが、グローバル化とは何か説明しない。もう少し意識の高い人には「グローバル化=英語化ではない」と警鐘を鳴らす人もいるが、やはりグローバル化論の基礎文献ですら引用する人は稀。しかし、実際にはグローバル化は非常に複雑な現象で、世界中の頭脳が日夜頭をひねり続けており、それほど簡単に扱えるはずもないのだが…。膨大な研究蓄積に無頓着で、ビジネス界やお役所による表面的な言葉遣いを右から左に流せば事足りると思っているからこそ、「グローバル化」という言葉が軽々しく使えるのだろう。ぞんざいに扱われている「グローバル化」が気の毒だ。

グローバル化の存在を疑う人も

そもそもグローバル化の研究者全てがその存在を事実と認めているわけではない。グローバル化の見方に関しては次の3つの立場が有名である。第1がハイパーグローバリスト派であり、グローバル化は日々拡大しているというシンプルな考え方。第2が懐疑論派で、グローバル化など起きていない、現在の変動は過去と比較しても大して特異ではないとする立場である。第3の転換論派は上記の中庸である。懐疑論派と異なり現在の世界的な大変動を一概に否定しないが、ハイパーグローバリスト派のように「だから今後もグローバル化は続く」という見方もとらない。現在の変動は様々な偶発的要素の結果であり、今後の状況もそれらの複雑な相互作用で決まる以上、グローバル化の将来は未知数だとする。

日本の英語教育関係者のほとんどがハイパーグローバリスト派だろう。「グローバル化時代に英語は必須!我々英語教師の存在価値もますます高まっている!」と肯定的に受け止める人もいれば、「グローバル化のせいで日本人のアイデンティティが失われている!」「英語偏重が進む!」と否定的にとらえる人もいるが、いずれにせよグローバル化の進行を疑う人はわずかだ。このような一面的な見方ばかりなのはどう考えても不健全であり、バランスある議論が必要だろう。そのためにもこれまでなされてきたグローバル化論を真摯に学ぶ人が増えてほしい。

グローバル化と英語化

現状認識がそもそも複雑である以上、その影響はさらに複雑である。「グローバル化の影響で英語使用ニーズは必然的に増える」と信じている人もいるが、理論的にもデータ的にもおかしい。例えば、現在入手可能な社会統計に基づく限り、現代の日本で英語使用が増加したという証拠は一切ない。むしろ2000年代後半では、グローバル金融危機の影響により、英語使用が減ったことがわかっている(拙著『「日本人と英語」の社会学』9章)。

「でもやっぱり英語使用が増えている気が…」と感じる人がいることは不思議ではない。たしかに「英語ニーズが年々増加している!」ということを言う人やメディアはずっと増えている。これだけ「英語化が進んでいる」という言説が氾濫していれば、そのように感じられてしまうのも無理はない。社会の英語化というマクロ現象と英語使用に関する実感というミクロ現象が矛盾することも無理はないのである。人間的な「実感」ももちろん大事だが、人間の実感はときにとんでもない暴走をすることがあるので、やはりバランスよく現象を理解するのに努めたほうがいいだろう。

ナショナリズムとの関係

近年の英語教育界のグローバル化言説、特にグローバル人材言説は、日本人の国益を大前提にしている点も周知されてほしい。ここでナショナリズムとグローバル化の同居に矛盾を感じる人もいるかもしれないが、日本の教育の国際化政策は明らかに「強い日本人」創出を目的としてきたことはよく知られている(久保田竜子『グローバル化社会と言語教育』第1章参照)。

「人口減少で日本の内需はもう限界だ。今後の若い人たちは、英語力を武器に外需を取りに行きましょう!」と叫ぶ人もいるが、日本人がその「外需」を取るという状況が一体何を意味するか考えてみてほしい。要は、他国の人々(特に、低物価水準というメリットを享受できていた発展途上国の人々)の利益を奪っているだけだ。これでは「国際人」のイメージからは程遠い。「グローバル市場で日本の国益を最大化するナショナリスト人材」辺りがお似合いだろう。

まとめると「皆さん、グローバル化を真面目に勉強しましょう」である。グローバル化についてたいして勉強していないようなセミナー講師(英語教育セミナー含む)がグローバル化がどうとか言いだしても無視することをおすすめする(勇敢な方は立ち向かっても良い)。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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