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中国人観光客の「爆買い」は終焉に向かうのか

富坂聰拓殖大学海外事情研究所教授

中国人観光客の「爆買い」は終焉に向かう?

中国観光客の「爆買い」は、ついに終焉へと向かうのか――。

いまや日本の景気を左右するとさえいわれる中国人観光客の「爆買い」。その購買力には日本の小売業界のみならず熱い視線が注がれ、その動向に世界が一喜一憂してきたといっても過言ではない。そして今年、中国人観光客の消費に陰りが見られるようになると、「いよいよ中国人観光客が大量に出国し観光地を席巻する時代は終わったのでは?」との観測が日本国内に広がり、その裏付けとして中国経済の低迷が指摘されるようになっていた。

はたして中国人観光客の勢いは、本当に失われてしまったのだろうか。

中国の観光産業の動向を分析する中国観光研究院が公表した2016年上半期の海外旅行の実態調査、「中国出境旅游者報告」(以下、「報告」)によれば、そうした傾向は「全く見当たらない」という。

中国人の出国ブームは依然として過熱ぎみで、「報告」によれば今年上半期中に海外旅行に出かけた人数は計5903万人だったという。これは対前年同期比で逆に4・3%も増加していて、日本の一部で指摘されているような「中国経済の低迷によっていよいよ海外旅行客が減ってきた」といった理由からではない。

一方、「報告」の統計には、中国観光客が明らかに「「爆買い」離れ」を引き起こしていることが分かるデータも見つかった。

国内で民泊事業にもかかわる旅行代理店の関係者が語る。

「いま中国で話題なのが、人々が海外に求める中身が変わってきたということです。そのニーズの変化のキーワードとなっているのが『量から質へ』なのです。これは簡単にいえば旅行先での買い物に金を使うのではなく、旅行そのものを楽しむこと。つまり、旅行自体の『質』を追求する傾向を帯びてきているということなのです」

これまで「爆買い」が低迷し始めた要因として指摘されたのは、人民元レートの下落や在日中国人が行う個人代行業、いわゆる「日本代購」の広がりなどであった。いずれも中国人観光客の消費を鈍らせる要因となっていたのだが、それに加えて今回、観光客が旅に「質」を求めるようになったことが、さらに「爆買い」を低迷させたことが明らかになったというわけだ。

旅行者のニーズが「量から質」へと傾いたことは、人々を団体旅行から個人及び小規模グループへと向かわせ、全体として個性的な旅へのニーズは堅調であるという。また、旅行代を切り詰めて買い物をしていた旅から、ホテルや乗り物に金をかける質のアップグレードも目立つという。体験やエンターテイメントなど思い出に残る娯楽へも、思い切った支出をするようになってきているのだ。

旅行の中身が「買い物」から「娯楽」、「体験型消費」へと変わるなか、旅行先の選択もそうした変化に合わせて変わってきていて、はやり有名なリゾート地を多く抱える東南アジア諸国の人気が高まっているという。

「報告」のなかでも中国人観光客の旅行先として大きく伸びた国として挙げられたのはタイ、マレーシア、シンガポールで、1月から4月までの間にタイを訪れた観光客の数は対前年比27%の増加。マレーシアに至っては34%も伸びたという。

リゾートが強みを発揮するなか、日本の人気はどうかといえば、これは意外にも人気は底堅く、出国先の人数はアジアではタイ、韓国に次ぐ3番目にランクされた。

日本の人気が根強いことは、中国資本が温泉旅館を次々と買収している現象が全国で見られること、また中国人による日本の不動産への投資が増加することを見越して大手企業グループが次々に不動産部門を日本にもってきていることなどを見ても明らかだろう。

日本が消費の受け皿となり続けるためには中国人観光客のトレンドの変化に素早く対応し続ける必要があることを今回の「報告」は示している。

わずか1年で「買い物」から「体験」へと軸足を移した観光客の嗜好の変化は、同じように滞在の仕方にも表れていて、かつて「弾丸ツアー」と表現された駆け足でいくつもの都市を巡る旅は嫌われ、一つの所にじっくり留まる旅行が好まれている。2016年、それぞれの目的地で滞在する平均日数は、2015年の2・3日から0・4日増えていると「報告」は指摘している。

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして紙誌への寄稿、著作を発表。2014年より拓殖大学教授。

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