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出掛ける前からジャズ気分:アール・クルー@モーション・ブルー・ヨコハマ

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

●公演概要

2013年1月24日

モーション・ブルー・ヨコハマ

出演者:Earl Klugh(g)、Nelson Rangell(sax,fl)、David Spradley(key)、Al Turner(b)、Ron Otis(ds)

※アール・クルーの今回の来日公演は、このほかの日程・会場でも行なわれる予定になっています。

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フュージョン・ギターの代名詞と言っても過言ではないのがアール・クルーです。ナイロン弦を張ったアコースティック・ギターを抱えてシーンに登場した1970年代当時は、エレクトリック・ギターの全盛期。ある意味で“異端”だった彼が舞台の中央に躍り出ることができたのは、時代が求めていた“爽やかさ”を表現できるサウンドを彼が持っていたから――。

まずは彼の代表作である「Living Inside Your Love」を聴いてください。

1976年にリリースされたセカンド・アルバム『Living Inside Your Love』収録の曲。1979年4月から放映されていた日本テレビ系列の朝のワイドショー番組「ルックルックこんにちは」のテーマ曲として思い出す人も多かったりして……。ある意味で、ワイドショーというジャズやフュージョン、もっと言ってしまえば音楽にそれほど興味がない人が見ているテレビ番組のテーマに使われるということは、この曲が“時代を象徴する音楽”だったと考えることもできるはず。

また、彼の功績は「時代を象徴するヒット曲を生み出したこと」に留まらず、ジャズに対するイメージを大きく転換させることにも及びました。具体的には「ジャズは夜の音楽で、ガチャガチャと騒がしく、誰がなにをやっているのかわかりづらい」と言われ、「クラい」と否定的にさえ受け取られていたものを、一気に「明るく爽やかでルンルン気分になれる音楽」にしてくれたのです。

1980年にリリースされた『Dream Come True』のタイトル曲。この時期がフュージョンの絶頂期と言われており、このあとはマーケットが細分化されて、そのなかでスムース・ジャズと呼ばれるサブ・ジャンルが生まれることになります。A.O.R.やブラック・コンテンポラリーと袂を分かち、アコースティック主体のナチュラルで透明感のあるサウンドを軸としたスムース・ジャズの誕生にも、アール・クルーの与えた影響が決して小さくないことは、このサウンドを聴いていると納得できるはずです。

2005年にリリースされた『Naked Guiter』収録のジャズ・スタンダード曲「All The Things You Are」です。コード・チェンジが複雑なこの曲は、ジャズ・ミュージシャンが演奏するとリズムにアクセントを付けて切り抜けようとすることが多いのですが、アール・クルーはあえてコードをさらに複雑にアレンジしながら、絶妙な間をとりつつメロディを彩っていきます。スウィングやグルーヴといったリズム表現を巧みに隠しながら展開していったのがスムース・ジャズではあるけれど、その根底にはこれほどの歌心があったからこそ、シンプルな表現でも潤った印象を失わずにいたのだということがわかるような気がします。

●アール・クルーのポイント

“ナイロン弦の魔術師”である彼のナチュラルでアコースティックな魅力をタップリと味わってきたいと思います。往年の名曲も期待したいところですが、ポスト・フュージョン、ポスト・スムース・ジャズと呼べるような意欲的な新境地も感じ取ることができたら、フュージョンの楽しみが広がるかもしれませんね。

では、行ってきます!

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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