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Jazz Navi Standard編:「ブルース・イン・ザ・クローゼット」はブルース変革の狼煙

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
オスカー・ペティフォード『ロスト・テープス、ドイツ 1958-1959』
オスカー・ペティフォード『ロスト・テープス、ドイツ 1958-1959』

「ブルース・イン・ザ・クローゼット」はオスカー・ペティフォードが1953年に自分のバンドのために書いた曲。

“バンドのために書いた”とはいっても“ブルース”なので、テーマ2小節のメロディのアイデアを考えたという表現が正しいのだろうが、こういうシンプルなものほど差別化するのが難しいのは言うまでもなく、オスカー・ペティフォードのアイデアがスタンダードと呼ばれるようになったのは、ミュージシャン仲間たちの“腑に落ちる”妙味がこのメロディにあったからだろう。

オスカー・ペティフォード(1922〜1960年)はビバップ黎明期を代表するベーシスト。ネイティヴ・アメリカンとアフリカン・アメリカンのミクスド・ブラッドで、1943年にはすでに著名ミュージシャンたちと共演するようになり、デューク・エリントン楽団やウディ・ハーマン楽団といった超人気バンドで活躍したあと、1950年代は自身のバンドを率いた。

ウディ・ハーマン楽団時代の1949年、腕を骨折するというアクシデント(なんでも野球の試合での出来事だったらしい)で休養を余儀なくされたときにチェロを習得し、ソロに磨きをかけてジャズ・ベース界に革新をもたらしたという逸話をもっている。ギブスをはめたまま上がったステージでさえ並み居るベース・プレイヤーが太刀打ちできないほどのすばらしいプレイを披露したとか。彼の天性の資質と、このチェロ習得のきっかけをもたらしたアクシデントが作曲の才にも大きな影響を与えたことは十分に考えられる。

♪Oscar Pettiford Jazz Band 1953 ~ Blues In The Closet

オスカー・ペティフォードのチェロによるソロを聴くことのできるヴァージョン。テーマやブリッジなどで絶妙なユニゾンを織り交ぜてくるところあたりに、作曲家としての存在感が出ていると思う。

===♪Kenny Clark & Bud Powell Blues in the Closet

この曲にいち早く注目したのがビバップのオリジネーターのひとり、バド・パウエル。彼はペティフォード初演の2ヵ月後にこの曲を収録しただけでなく、その後のアルバムにも何度も収録したほどお気に入りだったらしい。

この映像はおそらく1962年ごろのもので、ドラムのケニー・クラークとベースのピエール・ミシェロによるトリオの演奏。

♪chet baker trio- blues in the closet

チェット・ベイカーのトランペット、フィリップ・カテリーンのギター、ジャン=ルイ・ラシンフォッセのベースによる1985年収録の音源。

オスカー・ペティフォードのネイティヴ・アメリカンの血のせいなのだろうか、アフリカン・アメリカンが好んだブルースとは異なる趣をこの曲に感じるミュージシャンが多かったのかもしれない。そう思ったのも、アンチ・ブルースの最右翼だったバド・パウエルやクール・ジャズのオリジネーターだったチェット・ベイカーがこんなふうにいい演奏を残しているからかもしれないのだが。

まとめ

ジャズのブルースはそのコード進行のシンプルさから、1940年代のビバップ展開期にはアドリブ合戦の際の“BGM”的な扱いを受けることも多かったが、1950年代に入って骨子としてのメロディがしっかりしていないと音楽性を発展させることができないという、ある意味で当たり前の結論に気づいたミュージシャンたちが、ジャズならではのメロディアスなブルースを生み出すようになっていった。そのひとりがオスカー・ペティフォードだったと言える。彼はほかにも名曲と呼ばれる作品を残しているから、また取り上げていきたい。

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音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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