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【JNS】巨匠が描いた“失恋小唄”「バット・ノット・フォー・ミー」

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
Sings the George & Ira Gershwin Songbook
Sings the George & Ira Gershwin Songbook

ジャズ・スタンダードと呼ばれる名曲を取り上げて、曲の成り立ちや聴きどころなどを解説するJNS(Jazz Navi Standard編)。今回は「バット・ノット・フォー・ミー」。

1930年のミュージカル「ガール・クレイジー」の挿入曲。この初演時のオーケストラピットにはレッド・ニコルズ・オーケストラのメンバーとして、ベニー・グッドマン、ジミー・ドーシー、グレン・ミラー、ジーン・クルーパ、ジャック・ティーガーデンといったスウィングを代表するミュージシャンが勢揃いしていたという“鳴り物入り”のプログラムで、272回連続上演という記録が残っている。1943年には映画化もされた。

このミュージカルの音楽を担当したのは、ブロードウェイを代表するクリエイター・コンビのガーシュウィン兄弟。従ってこの曲も、兄のアイラが作詞し、弟のジョージが作曲している。

ロシアからの移民だった彼らの両親は音楽好きで、貧しい家計をやりくりして子どものためにピアノを買って与えたりしたが、アイラは文学のほうを好んでコロンビア大学文学部へ進む。もっぱら音楽への興味はジョージが受け継いだようで、ハイスクールを中退してプロの作曲家への道を選んだ。1919年に「スワニー」をヒットさせたジョージに引き込まれるかたちでアイラもショウビズ界へ。きっかけは、1918年にジョージが「レディーズ・ファースト」というショウの地方巡業にピアニストとして同行した際、アイラの詞で曲を作ったことだと言われている。本格的なコンビとして活動するようになったのは1924年以降。

「バット・ノット・フォー・ミー」はタイトル(私のための人ではない)からもわかるように失恋の歌。

♪Ella Fitzgerald- But Not For Me

1960年公開の映画「バット・ノット・フォー・ミー(邦題:僕は御免だ)」のタイトル・バックでエラ・フィッツジェラルドが歌い、この曲の認知度をさらに高めた。エラはこれを収録したアルバムでグラミー賞の最優秀女性歌唱賞を受賞。

♪BUT NOT FOR ME-Love Notes feat.Frank Strazzeri on piano

Love Notes(ラブ・ノーツ)は、トランペットのHiro川島とヴォーカリストの井上真紀によって1989年に結成されたユニット。チェット・ベイカーの音楽精神を継承することをコンセプトに活動する彼らのサウンドによって、この曲の表情がさらに生き生きと描き出されている。

♪Roy Hargrove & Antonio Hart- But Not For Me

ジャズとヒップホップを融合し、現代のアメリカ・ジャズ・シーンで最も刺激的な活動を展開しているアーティストのひとり、ロイ・ハーグローヴの1994年の音源。当時はニューヨークにおけるトラディショナルなジャズへの回帰現象が日本にも波及し、日米の若手ミュージシャンが活発に交流していた。そうした場面で取り上げられることもまた、この曲がジャズにとって重要であることを示すひとつの証拠になっていると言えるだろう。

まとめ

ジョージ・ガーシュウィンがクラシックとジャズを融合させた傑作「ラプソディ・イン・ブルー」を発表したのが1924年。奇しくも兄弟コンビでエンタテインメント界での活動を本格化させた時期と重なる。

一方ではアーティスティックな業績を残しながら、決して庶民感覚を忘れなかったジョージの作る音楽だからこそ、ジャズ・ミュージシャンたちにも理解され、愛されたのだろう。そんな“気さくさ”が、この曲から伝わってくる。

See you next time !

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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