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[訃報]ブルーノート研究者としても知られる米サックス奏者のボブ・ベルデンさん逝去

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

サックス奏者として活躍するほか、斬新なカヴァー企画などで卓越したアレンジ能力を発揮したボブ・ベルデンさんが亡くなりました。享年58歳。

1956年に米イリノイ州エヴァンストンで生まれたベルデンさんは、ノース・テキサス大学卒業後にウディ・ハーマン楽団へ参加。1980年代前半はメル・ルイス・オーケストラの一員として活動していた。

1990年代にはマッコイ・タイナー・ビッグバンドのアルバムでグラミー賞を受賞するなど注目を浴びる。自己名義のアルバムでは、プッチーニ、プリンス、スティングなどジャンルを問わず作曲家をテーマにしたカヴァー・アルバムを制作して、そのアレンジの才能と敏感な同時代性などを織り込んだハイセンスでマニアックな世界を展開。

一方で、大学時代からブルーノート・レーベルのアルバムを収集するなどコレクター、研究者としても知られる存在で、ブルーノート・レーベルのディレクター部門の責任者を務めていたこともあった。

アメリカの伝統的なビッグバンド畑で鍛え上げたアレンジ力

『When Doves Cry:The Music Of Prince』
『When Doves Cry:The Music Of Prince』

ボクはボブ・ベルデンさんに2回、インタビュー取材をしている。

最初は1993年11月10日。自己名義の『When the Doves Cry:The Music of Prince』リリースのプロモーションで日本を訪れたときのことだった。タイトルにあるPrinceとは、1980年代から90年にかけてポピュラー音楽シーンを席巻したアーティスト“プリンス”のことだ。

ポップ・スターとして君臨していたプリンスのヒット曲を取り上げてカヴァーしているにもかかわらず、まったくアプローチの異なるオリジナリティあふれる内容になっていることに驚いて、その発想の基となっているものをぜひ聞きたいと思っていろいろと質問したのだけれど、彼はそれに対してとても丁寧に答えてくれたのを覚えている。

彼はブルーノート・レーベルの研究者としても知られていることに触れたけれど、この取材が終わって別れ際に、彼から「プレゼントがあるんだ」と言われて渡されたものがあった。

ボブ・ベルデンさんからプレゼントされたシングル・レコード。
ボブ・ベルデンさんからプレゼントされたシングル・レコード。

それは、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズのシングル・レコードというとても珍しく貴重なものだったから、「え、いいんですか?」と聞き返してしまった。

そのころレーベルの責任者として資料の整理をしていた彼は、ある日、ブルーノート・レーベルの倉庫で未開封の段ボール箱を見つけたそうだ。そこにギッシリと詰まっていたのが、そのレコードだったという。

久しぶりに取材資料を保存していた棚から「ボブ・ベルデンのファイル」を取り出してみると、そのシングル・レコードがまだ未開封のまま入っていた。

ジャズの対岸にある音を引き寄せて変態させる魔力

『Strawberry Fields』
『Strawberry Fields』

2回目の取材は1996年8月20日。『ストロベリー・フィールズ』という、ザ・ビートルズの曲をカサンドラ・ウィルソン、ダイアン・リーヴス、ホリー・コールといった歌姫たちが歌うという内容のアルバムについてのインタビューだった。

プリンス以上にポピュラリティの濃い対象を取り上げるというチャレンジャブルな企画について、楽しそうに語ってくれたのを覚えている。そう、こういう企画は、宿題を渋々仕上げるような人には成功させられないんだろう。

このときのアルバム・レヴューの原稿が出てきたので、引用しよう。

ボブ・ベルデン『ストロベリー・フィールズ』レヴュー

もうこれでビートルズはいらない……

ボブ・ベルデンって、いったい何者なんだい? と聞かれたとしても、正直言ってうまく答えることができないかもしれない。彼がこれまでアレンジを手がけた作品や、2度会って話を聞いた印象からしても(しかも彼は世界的なブルーノート・レーベルのコレクターだというし)、少なくとも自分をジャズマンとして認めようとしないし、意識的に距離を保って音楽的アプローチを試みている。その彼の新作が、ビートルズを取り上げているというじゃないか。ただでさえとらえどころがないのに、さらに混乱を加速させるような企画のアルバムの登場だ。それにしても、彼のようなひとヒネリもふたヒネリもして完成度を高めていくクリエイターの仕事を解析していくのは難しい。

取材時にカメラマンさんが撮ってくれたボブ・ベルデンさんとの記念写真。
取材時にカメラマンさんが撮ってくれたボブ・ベルデンさんとの記念写真。

彼は“人脈”で仕事をする人だ。人と人とのぶつかりあい……。それって、きわめてジャズ的だと思うけど、狭義にとらわれ同じイディオムでしか会話できないセコい集まりばかりになった状況の前では、彼の“ジャズ的じゃないやりかた”がすごくジャス的だったりする。皮肉だね。女性ヴォーカリストに声をかけ、さて、何を歌わせようか。そこで、彼はとびきりファンキーなビートルズを用意した。いや、これはもう、ビートルズじゃないな。かっこよすぎるもん。

(「jazzLife」誌掲載の原稿を一部加筆訂正)

うーん、20年前の自分の文章はちょっと恥ずかしいな。。。でも、ボブ・ベルデンさんと話をして、彼の固定概念にとらわれないアプローチと音楽への情熱に触れた印象をなんとか文書にしたかったに違いない。

♪Bob Belden- Get Back

この「ゲット・バック」は、ジャリーサが歌い、ピアノに大西順子が参加している。ジャリーサはインコグニートなどとの共演歴のあるファンキーな女性シンガーで、ボブ・ベルデンにはグレッグ・オズビーが推薦したそうだ。

ご冥福をお祈りします。

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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