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「3世代同居」でなく「近居」に注目すべきいくつかの理由

斉藤徹超高齢未来観測所
3世代近居が子育て支援につながる(写真:アフロ)

3世代同居支援減税

4月より「3世代同居改修」という名の新しい税制特例が実施されます。これは祖父母、親、子の3世代の同居促進を目的に実施されるもので、具体的には風呂、トイレ、台所、玄関のうち2種類以上の設備を複数に増やすリフォームを行えば費用の10%(最大25万円)が所得税から戻ってくるというものです。

3世代同居を後押しする減税を新たに導入しようとする理由は「子育て支援」にあります。「子育て支援」は、新アベノミクスの新3本の矢のひとつ「夢をつむぐ子育て支援」として掲げられ、希望出生率1.80を目指すためのさまざまな施策が現在行われています。

平成27年3月にまとめられた「少子化社会対策大綱」でも、「家族において世代間で助け合いながら子や孫を育てることができるようにするため、三世代同居・近居を希望する方がその希望を実現できるよう三世代同居・近居を支援するための優遇策の方策を検討する。また、UR賃貸住宅による三世代同居・近居への支援を引き続き行う。」(施策の具体的内容)との文言が盛り込まれ、昨年12月24日に閣議決定された「税制改正大綱」で今回の「三世代同居に対応した住宅リフォームに係る税額控除制度の導入」が盛り込まれました。

世帯構造の変化

しかし、この施策により果たして3世代同居は回復するでしょうか。大きな時代の流れを見ても、世帯構造に占める3世代世帯の構成比は一貫して減り続けています。図1は世帯構造別に見た構成比の変化です。昭和61年に15.3%であった3世代世帯は平成25年には6.6%まで減少しています。

図1 世帯構造別にみた世帯構成の年次推移(「国民生活基礎調査」より)
図1 世帯構造別にみた世帯構成の年次推移(「国民生活基礎調査」より)

3世代世帯が一貫して減少し続けている理由で最も大きなものは、産業構造の転換にあります。戦後の高度経済成長期から1973年オイルショックに至る間、日本の産業構造は、第1次産業から第2次産業に大きく転換を果たしていきました。成長する第2次産業の担い手になったのは、それまで地方に住んでいた団塊世代を中心とする戦後生まれの若者たちでした。地方の親許を離れ、家業を継ぐことなく東京圏・大阪圏・中京圏などの大都市部に集まり、その後、彼らは田舎に戻ることなく、そのまま都市部に住まい、婚姻、出産し、その結果、親世帯と子世帯は居住の場を分離していったのです。(図2)このように、物理的に離れて住む「遠居」がある意味で常態化していったのです。

図2 転入超過数の推移(「住民基本台帳人口移動報告年報」より)
図2 転入超過数の推移(「住民基本台帳人口移動報告年報」より)

加えて、もうひとつ親世帯、子ども世帯双方で同居を遠慮する意識が高まり、核家族化が推進したことも、3世代同居減少のもうひとつの理由でしょう。

時代とともに、従来あった‘家のしきたり’や‘世代間に横たわる習慣や意識の違い’にお互い煩いたくない、煩わせたくないという意識の高まりが、同じ地域に住んでいても、別居を促進させる後ろ盾となりました。年をとっても出来るだけ子供に迷惑をかけたくない。子供の世話にはなりたくない、と考える親世代の増加も核家族化を推進する後ろ盾となりました。

「同居」ではなく「近居」へ注目

このように3世代同居は、物理的、心理的な理由もあり、一貫して減少傾向にありますが、一方で「近居」が注目すべき現象として挙げられます。近居の定義にはっきりしたものはありませんが、「味噌汁の冷めない距離」程度の近居もあれば、車で1時間ほど離れていても、何かあれば駆けつけられる近居の範疇には入るかもしれません。

親世帯と子世帯が近居状態にある実数そのものをカウントできる統計資料は存在しないため推測となりますが、近年は、近居を選ぶ親子世帯は増加しているのではないかと考えられます。

そのように考える理由は、さきほどの一つ目の理由と同様、社会構造の変化にあります。先に述べた団塊世代を中心とする戦後世代がそのまま大都市周辺に住みついた結果、彼らの息子・娘世代も同じ大都市周辺に住まう比率が高まりました。息子・娘世代が結婚、出産年齢を迎える中で、子育ての支援を親世代に頼ろうとするのは、共稼ぎ夫婦比率が専業主婦比率を超える現在、当然の動きであると言えるでしょう。

また、地方においても、地方から大都市への社会移動は一定程度続いてはいますが、大学全入時代を背景に、わざわざ都会に行かなくても地元の学校から地元で就職するという「ジモト意識」の高まりを受け、親世帯との近居は増えているものと考えられます。

野村総研(NRI)の「生活者1万人アンケート調査」によると、東京都で、交通機関を使って片道1時間以内で自分の親世帯と往来できる距離に住む(近居)世帯は、1997年の28%から2006年の41%へ13ポイント上昇しています。平成19年版国民生活白書でも、内閣府「国民選好度調査」を使い、1994年と2007年比較して、親世代との住まいの近居率が増加している事実を指摘しています。1時間以内で別居している子ども世帯の比率は58.7%から67.5%と約9ポイント増加しています。敷地内別居が8.5%に対し、1時間以内別居が67.5%と約8倍の開きがあり、何らかの施策を展開するにしても、母数の大きい「近居」を対象としたほうが効果は高いといえるでしょう。(図3)

図3 親世代との住まいの距離(「平成19年国民生活白書」より)
図3 親世代との住まいの距離(「平成19年国民生活白書」より)

父系家族から母系家族への転換

以上のように、近居家族は増加傾向にあることがある程度推測できましたが、近年の近居の特徴として挙げることが出来るのが、息子の親世帯ではなく娘の親世帯との近居が多いことです。

電通が2012年に実施した「育G(ジー)調査」で、関東に住む50代以上男性(年に3回以上会っている小学生以下の孫がいる800人)に孫との接触状況を聞いたところ、週1回以上会う孫は、「息子の子」22.8%に対して、「娘の子」43.5%と2倍近い開きがあることがわかりました。また、孫の親の都合であずかる孫は、「息子の子」52.4%に対して、「娘の子」72.1%と、息子よりも娘の方が祖父(母)への依存度が高いことがわかりました。これは考えてみれば当然のことで、母親が自分の子供の面倒を親に見てもらおうと考える際、夫側の母親に頼むよりも、自分の母親に頼む方が気兼ねなく頼めることがその理由にあります。かくして、日本の世帯構造は、かつての父系家族を中心とした親子関係から、母系家族を中心とする親子関係に徐々に軸足が移りつつあると言えるでしょう。

30分未満の近居が「味噌汁の冷めない距離」

またもうひとつ別の電通調査で、祖父母と孫との会う頻度と時間距離の関係を示したものが図4です。これを見てお分かりの通り、会う頻度と時間距離には明らかな相関関係が伺えます。時間距離が30分以内であれば週1度以上会う回数が高まりますが、1時間以上になると会う回数は月に1回から年に数回まで減少していきます。このことから、祖父母世帯が孫育て支援を日常的に行っていくためには、近居といっても30分以内の近居が望ましいことがわかります。

図4 孫に会う頻度と時間距離の関係(電通「祖父母の孫消費レポート」調査より)
図4 孫に会う頻度と時間距離の関係(電通「祖父母の孫消費レポート」調査より)

近居支援策のさらなる充実を

祖父母と子供世帯の近居が子育ての重要な支援策であると位置づけ、助成策や補助策を講じている自治体も既にいくつか現れています。行われている助成策をタイプ分類すると以下のようなものに分類できます。(いずれも、子育て世帯、世帯年収などの条件あり)

  1. 近居住宅取得に関する登記費用の助成(川西市、三田市、習志野市)
  2. 民間賃貸住宅、マイホームなどへの住み替え助成(千代田区)
  3. 市内移転に係る引っ越し代助成(神戸市、三田市、広島市、高槻市)
  4. 住宅取得費用(新築・増築)の一部補助(四街道市)

これらの施策は申請件数が限定されていたり、住宅取得に係る登記費用、引っ越代など1回限りのものが多く、効果自体はいずれも限定的であると推測されます。制度の多くは同一行政地区内に限定し、自治体を跨いだ近居には制度適用されないものが多く、これも現状支援策の限界を示しています。上記制度だけにこだわらず、多様な支援方策を考えることにより、さらに3世代近居は促進されるでしょう。例えば一定期間固定資産税を減免する、子育て買い物ポイントを支給するなどといった施策もアイデアのひとつです。

3世代近居が促進されることは、子育て支援のみならず、その後の親の見守り、介護なども含め、地域内における社会関係資本を少なからず強化することに繋がっていくでしょう。しかし一方で、従来シャドウワークと呼ばれていた親の介護や見守りが、再び家族のみの役割として固定化されないよう留意する必要もあるでしょう。

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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