Yahoo!ニュース

シニアの地方移住は進むのか?首都圏からの地方回帰率は0.1%

斉藤徹超高齢未来観測所
(写真:アフロ)

シニアの地方移住は進むのか

増田寛也氏による『地方消滅』、『東京消滅』など一連の著作を契機に、人口減少による地方消滅の可能性、東京一極集中による首都圏の介護、医療環境の将来懸念などが大きな社会テーマとして掲げられています。

一方、上記課題を解決する手段のひとつに「シニアの地方移住」が取り上げられ、その是非も含めて大きな議論が巻き起こっています。「これは、介護・医療費用を地方に押し付けようとするものではないか」という声もあれば、「シニアの地方移住を起爆剤として、地域活性化に結び付けたい」という意見も起きています。近年、話題の日本版CCRC(Continuing Care Retirement Community)も、この延長線上のテーマとして捉えることが出来るでしょう。

今後、シニアは新しい生活の場として地方を選ぶ可能性があるのでしょうか。一方で現在60~70代を迎えるシニアの多くは、もともと地方から都市に上京して来た人も多く、一定数の人々はリタイア後に故郷に戻る行動を既にとっていることも考えられます。

そこで、シニアのリタイア年齢(60歳)前後の人口移動の状況を総務省統計局「住民基本台帳」データを利用して調べてみました。(使用データは「年齢階級別転入超過数」。人口移動は都道府県間の移動を基本としています。)

対象年齢は55歳から69歳としています。2015年時点の55~69歳は、昭和21年から昭和35年生まれにあたります。55歳からとしたのは定年前に早期退職し、地方回帰する可能性もあるためで、一方で、70歳以上を除外したのは、後期高齢期が近づくと介護・医療施設入居を目的に県外への流出が高まるためです。これは、アクティブシニアの地方移住とは、目的が異なっているため除外いたしました。

年平均で1万3千人のシニアが都市部から流出

まず、2010-2015年の6年間の累計データを用いて流出県を調べてみました。最も人口流出が多い地域は関東地方、なかでも東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県の4県で、2010年から2015年の6年間で5万6千人が県外流出しています。次いで、大阪府、兵庫県、奈良県の3県で累計1万4千人。中部地方、中国地方では愛知県と広島県が唯一の流出県で、それぞれ7千人、6百人が流出しています。合計すると約7万8千人、年平均で1万3千人が上記都市部から地方に回帰していることがわかりました。(ちなみに、ここで使用しているデータは、流出入を差引した流出(流入)超過数なので、実際の流出総数とは異なっていることに一定の留意が必要です。)

この流出人口のボリュームをどのように評価すべきでしょうか。上記関東地方の55-69歳の人口数は714万人(平成22年国勢調査)。関東地方年平均で9300人流出は居住人口の0.13%にあたります。これは、どう見てもこれは高い数値とは言い難いものです。

図1 2010-15年累計で見た地方別流出・流入人口数
図1 2010-15年累計で見た地方別流出・流入人口数

一方、県外流出した人々は実際にどの県に流入しているのかを調べてみましょう。地方別に見て最も流入が高いのは九州地方です。6年間で2万6千人が流入しています。次いで、中部地方が1万3千人。東北地方、関東地方(茨城県、栃木県、群馬県)、中国地方、四国地方はいずれも5千人から7千人レベルの人口流入で、さほど多くはないものの一定の地方回帰が行われている事実は確認できました。

流入で唯一注目すべきなのが沖縄県です。6年間で4千人(年間6百人強)が沖縄に流入しており、これは県のサイズから見ても、ふるさと回帰ではなく、新しい住処として沖縄県を選んだシニアが一定数いるのではないかと推察されます。

縮小するシニアの地方回帰

さて、今までは2010-2015年の累計数値で説明してきましたが、それを年次推移で整理したものが図2になります。

図2 シニアの地域別転出入推移
図2 シニアの地域別転出入推移

これを見ると、都市部からの県外流出人口は年々減少傾向にあることが分かります。最も流出が高い関東地方(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)では、2010年には約1万人が流出していましたが、流出人口数は縮小傾向にあり、2015年には7千人強となっています。これは、中部地方(愛知県)、近畿地方(大阪府、兵庫県、奈良県)も同様です。唯一、中国地方の人口流出県の広島県だけが県外流出の人数を増加させています。

では、なぜ都市部シニアの県外流出数が減少傾向にあるのでしょうか。この最も大きな理由として考えられるのが、「改正高年齢者雇用安定法」の影響です。この法律は、65歳未満の定年を定めている事業主に対して、定年の引き上げ、継続雇用制度の導入などで65歳までの雇用を義務付けるもので、実際に改正法が施行された平成25年以降、60歳以上の就業率は上昇する傾向にあります。この制度自体は年金受給開始年齢の引き上げに連動して、実施されたものですが、データを見る限り、社会保障給付(年金)の先延ばしが、シニアの地方回帰を阻み、結果的に首都圏における社会保障の将来危機を高める原因となるという、ある種皮肉な状況がここからは見えてきます。また、以前こちらの記事で書いた都市部での3世代近居世帯の増加も、地方回帰、ふるさと回帰を阻む遠因になっている可能性もあるものと考えられます。

シニアの地方回帰を進めるにはどうすればいいか

以上見てきたように、この数値が今後の移住促進を進めていこうとする中、実数の多寡はさておき、比率で見ると首都圏シニア人口(55-69歳)中で0.1%の移住実態という数値は、政府が実施した東京在住者の意向調査で現れた、50代の男性の51%、女性の34%、60代では男性37%、女性28%が地方への移住を検討したいという結果(日本版CCRC構想有識者会議)とは大きなかい離が生じています。少なくとも、この移住縮小トレンドが続く限り、各地域にCCRCを創設しても、それだけでは、大きな問題解決に結びつかないことは明らかです「ふるさと回帰支援センター」利用者の年代別構成比推移を見ても、30~40代利用者構成比が増加する一方、50~60代は減少する傾向が見てとれます。

2025年には施設に入りたくても入れない介護難民が、全国に43万人、東京圏だけで13万人に上ると想定される中、解決策のひとつにつながる可能性を秘めているシニア世代の地方移住は、ある意味で待ったなしの状態であると言えるでしょう。

人口分散ではなく産業分散の思想を

地方回帰、地方移住のインセンティブのひとつとしてCCRCの構想は、極めて魅力的に映ります。元気なうちから移住し、豊かな地域コミュニティを通じ、多世代の人々と交流する。そして、もし万一の際の備えも万全な環境には、移住を阻む要因が殆ど見当たりません。しかし、総数で13万人に上る規模のCCRCを地方に創設するというのも到底無理な話と言えるでしょう。

多くのシニアが地方移住に関心を持ちながらも、実際に踏み切れない、その最も大きな理由は、不安定な中高年の転職状況にあるのではないでしょうか。現在、有効求人倍率は概ね回復傾向にはありますが、高齢者の転職・求人市場に限れば、専門技能を持っていない限り、依然厳しい状況にあります。高齢者、もしくは高齢期を迎える人々が、安心して地方移住に踏み切ることが出来る環境を整えるためには、安心できる就労環境を造りだすことが必要不可欠です。

そのためには、例えば地域で不足している職業への転職支援・再教育支援とセットとなった移住プログラムの開発、例えば、高齢者の地方の介護市場での就労を促す支援プログラムの構築などが考えられます。また、定年前のシニア予備軍に対し、地方移住への関心を後押しするためには、企業制度サイドからも、定年前でも移住先でのお試し就労を支援する転身援助休暇制度や複線型の人事制度などのサポートも有効でしょう。

近年、巻き起こりつつある、競争社会に疲れ、癒しを求めて地方移住を選択する、いわゆる「ダウンシフター・ブーム」による地方移住を一概に否定するものではありませんが、地域における新しい産業創成のビジョンとセットで就労を開発する思想が本来重要であるはずです。単なる人口の地域分散の思想ではなく、地域における産業創生を伴う地域分散の思想が、本来求められているのではないでしょうか。

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

斉藤徹の最近の記事