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清武弘嗣がベンチで考え続けた「試合勘」とサウジ戦の秘策

豊福晋ライター

所属クラブで試合に出ていない=試合勘がない。

サッカーにおいて、ほとんど常識とされる考え方だ。

何をもって「試合勘」とするのかは曖昧だが、明確なのは相手の寄せや間合いに対する感覚面の部分だ。アスリートの体にはリズムがあり、定期的に試合をこなしていなければその感覚を失い、実戦で思うようなパフォーマンスを見せられなくなるー。

セビージャで出場機会の少ない清武弘嗣にも「試合勘がないのでは」という疑問の声はあった。

9月17日のエイバル戦から11月2日のチャンピオンズリーグ、ディナモ・ザグレブ戦まで、クラブでは約一ヶ月半もの間、出番がなかったからだ。

しかし11日の親善試合オマーン戦で日本代表の中心にいたのは清武だった。

中盤でボールを散らしながら、スペースで自由に受ける動きを繰り返し、前線に決定的なパスを何度も通す。長い間試合に出ていなかったとは思えないパフォーマンスだった。

試合勘やコンディションで物足りなさは感じられず、1得点2アシストという結果はスペインメディアでも賞賛され、「セビージャでもプレーさせるべき」という声もあがっている。

「試合勘」の不安については、清武自身もスペイン、日本で再三質問されてきたことだった。

しかしその頭にあったのは不安よりも自信だった。

「試合勘、という意味では手応えがあるんです」

サウジアラビア戦に向け日本に帰国する直前、彼はこんな話をしている。

「試合勘や、ピッチに立った際の感覚は、全然大丈夫だなと。久しぶりに出たCLディナモ戦でも、それを実感できた。もちろん長く試合に出ていなかったことで疲れはしましたけど、感覚という意味では何も問題なかった。相手がひとり少ないということもありましたが、プレッシャーも気にならなかった」

控えという立場ながら、清武が試合勘を失っていない理由のひとつは、セビージャでの日々の練習のレベルとインテンシティの高さにある。

現在のセビージャはポジション争いが熾烈で、各エリアで1枠を争う激しい戦いが繰り広げられている。練習中に喧嘩が起こることもしばしば。クラブのマネージャーに聞くと、ある紅白戦では中盤でポジションを争うエンゾンジとイボッラが、プレーが止まった際に激しくぶつかり合ったという。

アルゼンチン代表の常連、クラネビッテルすらポジションは固定されておらず、ガンソやサラビアら代表を狙う選手のモチベーションも高い。ポジションを奪おうと練習からぶつかってくる、極めて高いインテンシティの練習を清武は日々こなしている。ナスリにビトーロ、バスケスなど技術面でもレベルは高く、練習の密度は濃い。クラブでの日々の環境が感覚面で実戦不足をカバーしていたわけだ。

「練習も試合も、ここは本当にレベルが高い」と清武は言う。

「やっぱりナスリは練習で見ていても上手いですし、エンゾンジもあのフィジカルで足元もある。パスも回るし、個のレベルがとても高い。そういう環境でやれることで選手として得ることも多い。試合に出るためには、その中でアピールしていかないといけないので」 

コンディション面でも独自の調整をしてきた。

トレーナーを呼び、中長期的なメニューに取り組んでいる。市内のジムと契約し、練習後には個人的なトレーニングを続けた。

「1年半後のロシアワールドカップ時に、自分は28歳。そこで最高の状態でいられるように。試合に出られない中でのコンディション維持は難しい部分もあるけれど、代表もありますし、コンディションは保たないといけない。それを心がけてやっています」

サウジ戦に関しては事前にイメージも膨らませてきた。

意識しているのは、裏への飛び出しだ。

「CLディナモ戦でも一度、相手の裏に飛び出したシーンがありました。あのようなエリア内への飛び出しを増やして、繰り返さないと。実際、これまでの代表の試合でも、それで得点が生まれています。ヨーロッパでもそうですけど、追い越す動きには相手はあまりついてこない。マークを捨てたり、オフサイドをかけたりするので、追い越す動きは効くんです。特にアジアの国はそういうイメージがある。サウジ戦では、2列目の仕事が絶対に大事になると思っている。はたいて、裏に走る。それを繰り返すことです」

パスを散らし、相手の間で受け、時に相手エリアの中に飛び込む。オマーン戦でもそんな場面は多く見られた。サウジ戦で描いているのもそのイメージだ。

サウジ戦は勝ち点3しか考えていない、と清武は言う。

「やりたいのは決定的な仕事。アシスト面ではいい感じですが、もちろん得点もほしい。ワールドカップに行くには、誰が出ようが、内容が悪かろうが、絶対に勝たないと。この試合は勝利しか考えていません」

ベンチ、時にはスタンド観戦というクラブでの現実の中で、清武は日々の激しい練習に挑み、ジムで調整を続けながら、サウジ戦のイメージを膨らませてきた。

試合勘は?

そう聞かれることのないようなパフォーマンスを見せるという、強い気持ちが胸にあったのだろう。

ライター

1979年福岡県生まれ。2001年のミラノ留学を経て、ライターとしてのキャリアをスタート。イタリア、スコットランド、スペインと移り住み、現在はバルセロナ在住。伊、西、英を中心に5ヶ国語を駆使し、欧州を回りサッカーとその周辺を取材する。「欧州 旅するフットボール」がサッカー本大賞2020を受賞。

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