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”氷上の股抜き”。シメオネを悩ませた乾貴士のキレ。

豊福晋ライター
(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

「乾は脅威だった」

シメオネはあっさりと認めた。エイバル対アトレティコ・マドリード戦後のことだ。

芝は凍っていた。相手は堅守アトレティコ。そんな中、乾がみせた好パフォーマンスに、地元紙『ディアリオ・バスコ』の老記者が食いついた。乾について問うと、シメオネは答えた。

「乾は軽快でキレがあり、調子も良かった。対面のブルサリコは警告ももらっていたし、後半頭に交代せざるをえなかった。退場になるリスクを負いたくなかった」

シメオネの交代策の一手目は、乾のマーカーを変えることだった。後半頭から、指揮官はスペイン代表のファンフランを投入し乾をマークさせた。前半と比べると乾が仕掛ける場面が減ったことを考えると、この交代策は当たったのだろう。結果は0−2。勝ち点3を持ち帰ったのはアトレティコだ。シメオネの早急な判断は正しかった。

しかし、試合には敗れたものの、乾が見せたインパクトは大きかった。

地元だけでなく、スペインの大手メディアの多くが、乾のプレーを賞賛している。中でも言及が多かったのは前半36分のプレーだ。左サイドの乾は切り返しでコケとブルサリコをあっさりかわすと、カバーに入ったガビの股を抜き、最後はチップキックでクロスを送った。

“スペクタクルな氷上の股抜き”ーマルカ紙

“まるでアニメ”ーアス紙

両紙ともこの股抜きの場面の動画をアップしたほどだ。それ以外でも、乾は左サイドバックのルナとの好連携で度々チャンスを演出。交代の際には、スタンドから「なぜ?」の声が飛んだ。アトレティコを前に高い技術をみせたことで、敗れはしたものの、乾のスペインでの評価はさらに高まることになった。

試合後の乾は悔しさを見せたが、同時に手応えも感じている。

「アトレティコはブロックをしっかり作っていたし、さぼる選手がいないというのをすごく感じた。守備が堅いチームだし、そういうチーム相手にドリブルでかわせたのは、もちろん自信にはなる。ただ、もっとバリエーションを増やさないといけないし、ゴールにつながるプレーをしないといけない。部分部分で良いプレーができたのは良いことかもしれないけど、それを結果につなげたい」

乾はすでにスペインで一定の評価を受けている。テクニカルなプレーを好むスペインのお国柄か、この日のようにメディアで乾の技術が取りあげられることも少なくない。

アトレティコ戦後、エイバルのメンディリバル監督はこう語っている。

「乾は非常に高いテクニックがあり、漫画に出てくるようなプレーで魅せてくれる。どんどん自分を出せるようになってきたし、チームメイトも彼とのプレーを楽しんでいる」

リーグ戦先発出場は9試合連続となった。エイバルにとって欠かせないピースになっている乾だが、今季、すべてが順風満帆だったわけではない。序盤はベンチ外になることもあった。先発を外れていた時期、自らの特徴と求められる仕事を考えぬき、ハードワークしながら攻撃でも仕事をするという結論に達した。攻守両面で総合的に貢献できる選手になる、そんな決意が現在に繋がった。

いま考えているのは、選手としてのさらなるレベルアップだ。

もうひとランク上に行くことー。

今年最初の試合となった国王杯の後に、乾はこんなことを話していた。

「2017年、すごく楽しみです。今年は攻撃のところで、もうひとランク上に行きたい。それが目標です。得点もそうですし、もっと仕掛けを多くやっていく。監督からもそういうことをやれと言われている。自分で最後のフィニッシュに持っていけと、ずっと言われている。なかなか実行できてなかったし、今年はやってみようかなと。守備でのハードワークも求められる中で、簡単ではないけど、それができれば、また今までよりいい選手になれると思う」

立ち話をする乾の後ろを、チームメイトたちがからかうように頭を触り通り過ぎていった。乾は笑ってそれに答える。

「とにかく楽しいんです、毎日が。スペインに来て1年半経ちましたけど、本当に早かった。楽しいから、こんなに早いんだろうなと」

氷上の股抜き、アニメに漫画ー。

乾を形容する言葉からも、彼が感じている楽しさは伝わってくる。

スペインでサッカーをすること、それを純粋に楽しむ乾の内面から、魅惑のプレーは湧きでている。

ライター

1979年福岡県生まれ。2001年のミラノ留学を経て、ライターとしてのキャリアをスタート。イタリア、スコットランド、スペインと移り住み、現在はバルセロナ在住。伊、西、英を中心に5ヶ国語を駆使し、欧州を回りサッカーとその周辺を取材する。「欧州 旅するフットボール」がサッカー本大賞2020を受賞。

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