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『花子とアン』で一番孤独な村岡英治はなぜ常に笑顔なのか

大宮冬洋フリーライター

「結婚してよかった。オレ、友だちはもういらない。君が奥さんであり親友であり仕事仲間でもあるから。いろんなことを相談したいと思えるよ」

僕と同世代の女性から「夫からたまにこんなことを言われる」と聞いたことがある。のろけ話ではあるけれど、30代後半の男性としては偽らざる本音なのかもしれない。

残すところ一か月となったNHK連続テレビ小説『花子とアン』は、翻訳の仕事に情熱を注ぐ主人公の村岡花子(吉高由里子)と3人のきょうだい、および親友の宮本蓮子(仲間由紀恵)が様々な人と出会って別れる悲喜劇だ。それぞれが大切な人を失った悲しみを乗り越える経験をし、そのときのセリフや演出が強いけれど過剰ではないため、恋愛ドラマを冷めた目で見がちな僕も引き込まれてしまう。

最も気になるのが、主人公の夫であり、サポート役に徹している村岡英治(鈴木亮平)だ。ドラマを見ていると、英治ほど孤独な登場人物はいない。早くに母を失い、最初の妻は病気で死別した。関東大震災ではたった一人の弟を失い、家業である印刷会社も焼失した。さらには花子との子どもも疫病で亡くなり、唯一の肉親である父親もすでに他界している。ショックと寂しさで頭がおかしくなってしまうような状況である。

しかし、英治は常に優しい笑顔を浮かべて花子を支え、新たに創業した小さな印刷所兼出版社で粛々と働いている。なぜ英治はこれほどまで平常心を保てるのか。脚本通りの演技に過ぎないと言えばそれまでだが、僕たち視聴者に違和感を与えないリアリティがある。英治は格別に孤独に強い人間なのではなく、冒頭の男性のように「オレ、奥さんの君がいれば友だちはもういらない」状態なのだ。

英治にとって花子は、妻であり恋人であり親友である。もともと英治は花子の翻訳文の素晴らしさに惚れ込み、それを美しい本に印刷することに情熱を注いだ経緯がある。花子は尊敬すべき仕事仲間でもあるのだ。語弊を恐れずに言えば、友だちや家族のすべてよりも花子ひとりのほうが彼にとっては大切なのだろう。

女性の場合は違う。最も大事なのは子どもであり、実家の親やきょうだいとの関係も薄まったりはしない。幼馴染や学生時代の友人とも変わらずに付き合う。子どもが中心であることを許容して応援してくれる人間ならば誰でも歓迎なのだ。花子の場合も、その心は早世した息子からいつまでも離れない。

一方の男性は、女性ほど多面的には生きられない。一生の仕事と生涯の伴侶を見つけて愛し抜くことに手いっぱいであり、どちらかを失えば寿命を大幅に縮めることになる。定年後に熟年離婚されたりしたらダブルパンチだ。英治の場合も、花子が先に亡くなったりしたら、数年後には死んでしまう気がする。

逆に言えば、好きで得意で食える仕事に熱中しつつ、花子のように面白くて情に厚くて美しい女性と結婚し続けることに平凡な男の幸せは尽きる。英治の笑顔はやせ我慢なのではなく、体の底からにじみ出る幸福感を表現しているのだ。

フリーライター

僕は1976年生まれ。40代です。燦然と輝く「中年の星」にはなれなくても、年齢を重ねてずる賢くなっただけの「中年の屑」と化すことは避けたいな。自分も周囲も一緒にキラリと光り、人に喜んでもらえる生き方を模索するべきですよね。世間という広大な夜空を彩る「中年の星屑たち」になるためのニュースコラムを発信します。著書は『人は死ぬまで結婚できる』(講談社+α新書)など。連載「晩婚さんいらっしゃい!」により東洋経済オンラインアワード2019「ロングランヒット賞」を受賞。コラムやイベント情報が読める無料メルマガ配信ご希望の方は僕のホームページをご覧ください。(「ポスト中年の主張」から2017年3月に改題)

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