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2時間半、アシカ(メス)に監禁された男。竹島水族館・小林館長の「異常な愛情」

大宮冬洋フリーライター
ショーの練習にて。打ち合わせ以上の熱烈なキスに戸惑う小林さん

飼育しているアシカのメスに好かれ過ぎてアシカ部屋に閉じ込められた男性がいる。愛知県蒲郡市にある竹島水族館の館長、小林龍二さん(34)だ。

5年ほど前、同水族館は全国で2番目に古い建物と少なすぎる予算によって閉館の危機にあったが、小林さんが主任飼育員になってから手作り感とサービス精神あふれる企画・展示によって人気が回復。一時は年間12万人まで落ち込んでいた入場者を今年度は24万人と倍増できる見込みだ。今年4月には小林さんが館長に就任した。

オオグソクムシやナヌカザメといったキモかわいい生物を手でつかめる水槽「さわりんプール」を設置したり、展示している魚のおすすめの料理法を紹介したり、まったく芸を覚えられない巨大ネズミ・カピバラのショーを毎日開催したり。常識破りの竹島水族館を率いる小林さんの人柄や運営方針について書いていると長くなってしまうので、興味がある方はこちらのインタビュー記事をご覧いただきたい。

「ここから出ないで!」と威嚇するアシカ。デッキブラシも折られた

竹島水族館の飼育員は小林さんを含めてわずか6名。館長の小林さんも現場の仕事もしなければならない。その一つが、アシカの仲間オタリアの「ラブ」(推定5歳)の世話とショーの担当だ。事件は今年3月27日にラブの部屋で起きた。

「掃除している間も興奮気味にからんで来ました。ラブはとにかく私に遊んでほしいのです。エサなしでもショーをやるぐらいですから……。からむぐらいはいつものことなので、『掃除の邪魔だから向こうに入っとれ』とデッキブラシで押しやりながら、なんとか掃除を終えました。でも、部屋から出ようとすると、ラブは扉から一番遠くの壁に私を力づくで押しやるのです。何度も出ようと試みましたが、そのたびに噛みついて来ようとする。私は体重60キロですが、ラブはすでに75キロ。力がすごく強くて対抗はできません。デッキブラシも折られてしまいました」

ラブの飼育日誌。小林さんの恐怖と危機感が伝わってくる文面だ
ラブの飼育日誌。小林さんの恐怖と危機感が伝わってくる文面だ

アシカからの本気の「壁ドン」である。小林さんはびしょ濡れになり、恐怖のあまり動けなくなった。1時間後、異常に気づいた他の飼育員が駆けつけ、エサを与えて落ち着かせるなどをして奮闘の末、なんとか脱出に成功。大学を卒業して水族館に就職して12年になる小林さんでも初めての体験だった。

「大ケガを覚悟しました。アシカは噛んでから体ごと首をひねる習性があります。本気で噛まれたらただ事では済みません。本当に危なかったです」

なお、もう一人の担当飼育員の場合は何の問題も起こらない。彼が掃除のために部屋に入っても、ラブは無視してプールを泳ぎ回っている。エサなしでショーをやることなどもありえない。彼とは「仕事上の付き合い」なのだ。では、なぜ小林さんは監禁されるほどラブに好かれてしまったのか。

水生動物が大好きなのは水族館の飼育員としては当然の資質であり、それだけではとてもプロの飼育員にはなれない。お客さんが楽しみながら「水族」への親しみと理解を深められる空間を作り出す意欲と実力が問われる。若くして館長に抜擢された小林さんはこの姿勢が徹底している。水族への関心だけではなく、水族館およびお客さんへの愛情が群を抜いて大きいのだ。しかし、今回の事件は小林さんの「異常な愛情」が裏目に出てしまった。

「お客さんに観てもらうショーのクオリティを高いものにするためには、アシカから『この人と会いたい、一緒にショーをやると楽しい』と思われる必要があります。『こんなヤツと一緒にいたくない』と思われたら、どんなにエサをあげてもショーをさせることはできません。ただし、ペットの犬や猫をかわいがるようなやり方とは違いますよ」

小林さんによるラブの練習風景を見せてもらったが、彼の態度は淡々としている。表情は穏やかだが、動きに無駄がなく、必要以上にラブを誉めることはしない。

一方のラブは、大喜びで部屋から出て来て、前のめりの姿勢で様々な芸に励む。そして、練習が終わっても部屋から戻ろうとせず、ショーの道具を勝手に引き出して「もっと遊ぼう」と要求していた。他のアシカでは考えられない行動だという。小林さんがいると部屋に戻ろうとしない(下手に一緒に部屋に入るとまた監禁される恐れがある)ので、もう一人の担当者が出向く事態になった。

小林さんの手に顔をのせ、うっとりした表情をするラブ。人間の女性のようだ
小林さんの手に顔をのせ、うっとりした表情をするラブ。人間の女性のようだ

野生育ちの「ラブ」。寂しがりで頑張り屋の女の子

南米チリの沿岸で捕獲されたラブが水族館にやって来たときから3年半にわたって飼育担当をしている小林さん。今までのアシカとは違い、ゼロから自分が仕込むことができる初めてのアシカだ。力が入ってしまい、「ラブをかまいすぎた」と反省する。

「アシカとの仲を深めるのは毎日の積み重ねが必要です。朝は必ず挨拶をして、時間があるときは遊んであげる。普通は1日に5、6回ですが、ラブには10~15回ぐらい会いに行っていました。ラブの気持ちが高まっているのはわかっていましたが、しょせんは人間と動物です。大丈夫だろうと思っていたら向こうが(種族の壁を)乗り越えてきたんです。私ですか? 他の魚や動物よりラブのほうがかわいい、ということは特にありません。とにかくショーのクオリティを高めるためにやりすぎてしまいました」

すべては仕事のため。恋するラブが人語を解したら怒り狂いそうな冷徹なセリフである。かわいそうなラブ。しかし、館長としての小林さんの立場もわかってほしい。

推定5歳のラブは人間で例えるなら18歳。お年頃の乙女だ。とはいえ、発情期を迎えて「強いオス」の小林さんへの求愛行動に出たわけではないらしい。あくまで「親と親友を合わせたぐらい大好きな人」として小林さんを慕っていた。その想いが高まり過ぎ、監禁事件へと発展したようだ。

「群れで行動する習性があるアシカですが、性格には大きな個体差があります。誰にでも懐っこいのもいますし、人間全体に不信感があるのもいます。ラブは知らない人には噛みついたりしますが、一度仲間だと認めた相手にはものすごく懐く。他のアシカにでも人にでも常に関わりたがる。寂しがり屋なのです。野生の群れから一頭だけ連れて来たことが影響しているのかもしれません」

ショーには全力で取り組み、頭も良く、一生懸命な性格だとラブを高く評価する小林さん。子どもっぽいところもあるが優秀な女性の部下を温かく見守るような口調だ。こんな態度が賢くて繊細なラブには「たまらない」のかもしれない。

ちなみに、爽やかな風貌の小林さんは人間の女性には「全然モテない」らしい。好き過ぎる相手を部屋に閉じ込めるぐらいストレートな感情表現をするアシカとは違い、人間は駆け引きをする。それがまったくわからないと小林さんは笑う。変人だ。

異常な愛情を持つ人間とアシカが懸命に働く竹島水族館。入館料は大人500円、小中学生は200円と激安だ。この夏休み、よかったら足を運んでみてほしい。

取材後、もう一人の飼育担当者によるショーを見学。ラブは見事な芸を披露していた
取材後、もう一人の飼育担当者によるショーを見学。ラブは見事な芸を披露していた
フリーライター

僕は1976年生まれ。40代です。燦然と輝く「中年の星」にはなれなくても、年齢を重ねてずる賢くなっただけの「中年の屑」と化すことは避けたいな。自分も周囲も一緒にキラリと光り、人に喜んでもらえる生き方を模索するべきですよね。世間という広大な夜空を彩る「中年の星屑たち」になるためのニュースコラムを発信します。著書は『人は死ぬまで結婚できる』(講談社+α新書)など。連載「晩婚さんいらっしゃい!」により東洋経済オンラインアワード2019「ロングランヒット賞」を受賞。コラムやイベント情報が読める無料メルマガ配信ご希望の方は僕のホームページをご覧ください。(「ポスト中年の主張」から2017年3月に改題)

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