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「巨人に入ること」が目的だった清原、「メジャーで活躍すること」まで見据えていたイチロー

豊浦彰太郎Baseball Writer
彼は持てる潜在力の全てを発揮し尽くしただろうか?(写真:岡沢克郎/アフロ)

清原和博について書いてみたいと思う。初めに断っておきたいが、ぼくは彼に会ったことはないし、当然取材などしたこともない。現役時代に球場でそのプレーを見守り、球場内外の姿に関する報道を目にしているだけだ。その中でぼくなりに思うところ、ぼくなりの野球人清原論を展開してみたい。

清原はとても素晴らしい選手だった。このことに異論があるファンはいないだろう。獲得タイトルこそないものの、通算525本塁打や1530打点などは十分殿堂入りに値すると思う。もし、ぼくが投票権のある記者だったら、間違いなく彼に投票していたと思う。

しかし、彼が現役時代に持てる素質の全てを開花させたか、というとやや疑問が残る。これは完全に主観論だが、もっとやれたはずだと思うのだ。理屈っぽいことを言うなら「潜在力>実績」だったように思う。

では、なぜその潜在力を全て引き出せなかったのか?

それは簡単に言うと「ココロザシが低かったから」だと思う。ぼくは、彼にとってのココロザシとは詰まる所「巨人に入りたい」ということでしかなかったのだろうと思っている。「巨人に入る」ことが一概にけち臭いという気はない。清原と同世代の男性にとって、少年時代に「将来は巨人の選手になりたい」と思うのは、ごく自然で十分高いココロザシだ。

しかし、清原ほどの才能の持ち主であれば、特定球団に入りたいということが動機づけになるのはせいぜい少年時代までのはずで、長じては、巨人に入って、いやプロ野球選手になって何を成し遂げたいのか?どんな存在になりたいのかが重要だと思うのだ。

しかし、そのココロザシが少年時代の「巨人に入りたい」ままでは、巨人に入った時点で夢を実現してしまったことになってしまい、そこから先はファンやメディア、さらにいうならキャバクラ嬢に、「巨人の清原」としてチヤホヤ扱われることで満足してしまうことになる。言い換えれば、アスリートの本能としての飢餓感を失ってしまったのだ。

その点では、オリックスで年間210安打や7年連続首位打者をはじめとする栄光を総なめしてしまったイチローが、さらなる高まりを求めてメジャーに渡ったのと対照的だった。別に舞台としてのメジャーが崇高で巨人がそうでない、という気はない。ただ、あくまで私見だが、イチローはメジャーで成し遂げたいことが渡米前からあったはずで、「メジャーに行く」ことが最終目的ではなかったと思う。その点、清原はどうだったのか?「巨人に入ること」自体が目標だったのではとぼくは感じている。

付け加えるなら、清原にとって不運だったのはその「時代」だ。NPBでFA制度が発足し、彼が資格を得て巨人に移籍したのは1997年だが、その時点ではNPBの野手にとってメジャーという舞台はまだ現実的なのものではなかった。その点、イチローはNPBでのキャリアを積み上げて行く途中で「渡米」という選択肢が、リスクは大きいものの視界に入る環境にあった。

仮に清原が生まれたのがもう5年遅かったら、たとえメジャー移籍を目論まなかったとしても、日本に残るなら残るで、NPBでそれなりに成し遂げなければならないことを強く意識したのではないだろうか?そうすると「巨人に入ること」だけで満足することもなかったろうにとも思う。だとすると、引退後も現実のような姿ではなく、今回のような悲しすぎる事態もなかったのではと思えてならない。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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