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媒体名を明示して「エア取材」を指摘・掲載したジャーナリズムの良心

豊浦彰太郎Baseball Writer
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

野球ではなくサッカーを題材にしたものだが、とても驚いた記事がある。Yahoo!のトップに掲載されたので、お読みになった方も多いと思う。田崎健太氏によるもので、サッカーメディアで「エア取材」(あたかも、実際にインタビューしたかのような記事)と思われる記事が横行していることを対象の媒体名を明らかにし問題視するものだ。

ぼくが驚いたのは、このようなコンプライアンス違反が行われている(と思われる)ことではなく、それをしっかりと指摘するライターや媒体が存在したということだ。これが、電子媒体が中心になりつつある現代というものだろう。新聞や地上波テレビや専門誌などの既存メディアでは、著者が問題意識に燃えても、そのような企画は採用されなかったと思うのだ。

「エア取材」自体は事実かどうかは分からないが、個人的にはさもありなんと思っている。実はぼくは野球と並ぶくらいクルマが趣味なのだが、自動車メディアの世界では専門誌で全くの記事の形態を取ったペイドパブリシティ(クライアントから報酬を受け取って、宣伝に寄与する記事を書くこと)が横行している。これも、エアインタビュー同様に読者を欺くものだ。

メディアの世界全てを知っている訳ではないが、一部の分野だけが特殊なことをしているのではない、と考えるのが自然だろう。

メディアの腐敗に触れようとすると、必ずそも背景としてネットの普及による既存メディアの斜陽化が取りざたされる。貧すれば鈍す、という論理だ。しかし、ぼくは違うと思う。新聞や雑誌が売れなくなったことは事実だが、問題の根っこは彼らが商業マスコミではあっても、ジャーナリズムでなかったことにあると思う。

エア取材も「もどき」なら野球界も無縁ではない。ぼくもその現場に居合わせかけたことがある

2年前の9月のことだ。ヤンキー・スタジアムでのヤンキース対ロイヤルズ戦後、当時ヤンキースのイチローのコメントを取りにクラブハウスに向かった。

しかし、多くのメディアとの接触を嫌う彼の意向を反映してのことだろう、その場から出て行くようにイチローのそばに居た某媒体の記者から促された。「コメントはあとでお渡ししますから」という。どうやらイチローへのクラブハウスでのインタビューは、彼が許可した数人(その時は2人だった)のみが代表して行い、その後彼らが全ての日本メディアに対し、「こういう質問をしました」「こう答えてくれました」と報告するらしい。

しかし、それって大きな問題ではないか?と、思ったものだ。われわれが毎朝目にするスポーツ紙上のイチローのコメントは、あたかもその媒体が取ってきたコメントのように掲載されているが、「◯◯スポーツに語ったところによると、イチローは・・・」と出典を明らかにし、記すべきではないかと思う。

現地の記事を読んでも、日本人選手のコメントを英文で紹介する際には、「◯◯選手は・・・と通訳を通じ語った」とソースが明示されている。当然である。その記者氏は日本語を解さないのだから。その現地記者が確認できたのは、「通訳氏が選手のコメントとしてそう語った」ということだけなのだ。

したがって、他社の記者から提供されたイチローのコメントをあたかも自社によるインタビューであるかのように記載し、そんな記事が掲載された新聞を有料で売るのはどうよ?」との思いは拭えない。また、競合他社(とも言えると思う)に情報を無償で渡すのも受け取るのも、コンプライアンス上、大いに問題だと思う。

実は、この件をある媒体に書こうとしたら、「業界内は持ちつ持たれつでやっているので」と掲載を拒否されたことがある。

その点、今回の記事を書いた田崎氏もそれを掲載したYahoo!も(本来は当然のこととは言え)立派だと思う。日本のメディアにもジャーナリズムとしての良心がちゃんと残っていたということだ。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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