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MEMSセンサ革命の時代に日本はなぜ参入しないのか

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長
針の孔よりも小さいMEMSチップ 出典:MEMSIC

スマートフォンにMEMS(Micro Electro Mechanical System)センサが大量に使われているという事実が案外知られていない。MEMSとは、シリコンや水晶などの結晶やガラス材料などにエッチングやCVD(化学的気相成長)などの処理を施して、1mmにも満たないような大きさで極めて微細な機械的な構造を作る技術のことだ。

MEMS技術はこれからのセンサ革命と呼ばれるセンサの量産技術を担うカギとなる。これまでのセンサは高コストの工業用の制御に使われてきた。しかし、その数量はわずかであった。スマホが1年に数億~十数億個という大量の数を必要とするようになった。このため低コスト化が可能になった。これからは低価格化によって、工業用の制御にもふんだんに使われるようになる。Industrial Internetは、低価格のセンサのおかげで可能になる技術だ。すべてのIoTにMEMSセンサが使われるようになるといっても過言ではない。だからセンサ革命の時代に入ったと言われる。

MEMS技術で作られた加速度センサのおかげで、スマホの画面を90度回転させると縦長の画面から横長の画面に変えることができる。重力加速度は常に垂直に地面に向かっているため、スマホを傾けると加速度の向きが変わることをMEMSセンサが検知する。

スマホの音が昔の電話よりもきれいに聞こえることにも気がつくだろう。これはMEMS技術で作られたマイクロフォンによる。MEMSマイクはやはり1~2mm角程度しかないため、スマホ1台に1個だけではなく2~4個も入っている。通話する音をきれいに拾うために周囲の雑音を抑えるノイズキャンセル技術による。二つのマイクで周囲の音を拾い、一つの音の位相を180反転させると雑音同士が打ち消し合って弱められる。あるいは打ち消し合うための予測アルゴリズムを使うという技術もある。このようにして雑音を減らす。従来のコンデンサマイクは大きすぎて三つも四つも搭載できない。MEMSだからこそ、可能になる。

写真を撮る場合のカメラの手振れを補正するためのジャイロスコープ(回転を検出する)もMEMS技術で作られる。シリコン技術で中を空洞にし、細くて薄いカンチレバーの構造を作る。加速度や角速度(回転)が動くとカンチレバーの先端がブラブラする。そのブラブラの程度を測ることで加速度や回転の度合いを知ることができる。これがMEMSセンサの基本原理だ。マイクロフォンは音によって薄い膜を振動させ、その容量変化を検出する。静電容量のわずかな変化で気圧を測ることもできる。

超先端の一部のスマホに入っているが、圧力センサはこれからスマホに大量に入り込むセンサだ。微妙な違いの気圧を測定することで、建物の1階にいるのか2階にいるのかの違いを検出する。アルプス電気に聞いたところ、30cmの高さを検出できるという。GPSと組み合わせれば、住所と建物を入力すれば、先端スマホを持っている人物が建物の何階にいるのかがわかるようになる。あるいは何階の部屋かを示す。

微妙な弱い圧力を測定できるMEMSセンサは、血圧や心拍数などの測定にも使える。つまり次世代のスマホやiPhone 6にはヘルスケア用のセンサが搭載されると言われているが、残念ながら日本のメーカーはスマホ市場には入り込めてない。新日本無線はMEMSマイクを昨年1億個スマホ用に出荷した、珍しい企業だ。しかし、大手の東芝やルネサスエレクトロニクスなどはMEMSを全く手掛けていない。

MEMSセンサは、厚さ500ミクロン(0.5mm)程度のシリコンウェーハ(円板)の中をくり抜いて、薄いメンブレン(薄膜)を形成し、その上にホィートストンブリッジや静電容量ブリッジなどを作る。この薄いメンブレンによって、わずかな変化を感度よく検出したり、あるいは静電容量の変化を検出したりできる。半導体技術そのものだ。

こういったMEMS市場の先頭に立つ企業は、ドイツのボッシュ、次がフランス・イタリアの合弁半導体のSTマイクロエレクトロニクスが続く。トップ10社に入る日本の企業は、パナソニック、デンソー、キヤノンの3社だ。残念ながら日本の大手半導体企業は、MEMS技術を毛嫌いしてこの市場に入り込めていない。なぜ嫌がるのだろうか。

国内半導体メーカーは、工程が汚れることを嫌う。例えば深さ20ミクロンのキャビティ(空洞)を空けるにはウェットエッチングを使うことが多いが、この工程は別のICウェーハを流す場合に汚れるとして嫌ってきた。このためにビジネスチャンスも失ってきたのである。ここに日本の半導体エンジニアの保守性とビジネスへの関心のなさがよく表れている。経営者もまた、エンジニアがみんなで反対すれば、それを説得する指導力もビジネスセンスも持っていなかった。大手半導体メーカーが1社もこの市場に参入できなかったことは異常である。海外ではSTだけではなく、TI(テキサスインスツルメンツ)もプロジェクタ向けのMEMSディスプレイ(DLPプロジェクタと呼ばれている)で、アナログ・デバイセズは加速度センサで10年以上も実績がある。

問題は、生産ラインが汚れるからいやだという態度である。だったら一つの工場をMEMS専用に作り変えるとか、MEMSセンサを作るために何をすべきか、という態度で考えることではないだろうか。要は、新しいアイデアを否定するのではなく、成功させるためにはどうすればよいか、を考えることだ。ネガティブな理由をたくさん並べて、ビジネスチャンスを失うことのリスクの方がはるかに危険ではないか。残念ながら、エンジニアも経営層も成功するためには何をすべきか、というポジティブ思考でなかったことが今日の日本の惨状を生み出したのではないだろうか。

(2014/08/04)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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