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ソリューション提案の時代に

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

計測器メーカーのテクトロニクスが創立70周年を迎えた、として2日、記者発表会を開催した。この記念日に合わせ、会社のロゴを刷新し、右肩上がりの成長を期待して文字に斜めの切れ目を入れたデザインとなっている。

テクトロニクスの新ロゴ
テクトロニクスの新ロゴ

ロゴの変更と共に、新戦略や新しい行動規範なども発表した。大きく変わるところは、これまでの製品中心のハードウエア会社から、アプリケーションにフォーカスしたテクノロジー会社へ、である。

ここ数年の動きだが、「製品を開発しました」は、もはやニュース価値がなくなったと最近は思う。その製品で何ができるのか、その製品でユーザーにどのような価値が与えられるのか、に焦点が移っている。国内半導体メーカーのルネサスエレクトロニクスも、製品仕様を売りにしなくなった。これまでなら、例えばマイコンやプロセッサを発表する場合に周波数何MHzで動作するとか、何MBのメモリ容量を集積しているとか、何段のパイプライン構造を採っているとか、性能を競う技術の話ばかりだった。今は違う。このチップで何ができるか、ユーザーにどのような価値を提供できるか、を競っている。まさにユーザーエクスペリエンスの時代でもあるからだ。

実は、こういったソリューション提案を売りにすることを最初に聞いたのは10年前、日本IBMの半導体部門マイクロエレクトロニクスを取材した時だ。当時の責任者はこう話した。「かつてのIBMはメインフレームコンピュータやソフトウエア、プリンタなどそれぞれを製造している事業部がそれぞれ単体で同じ客に提供していた。客からすると、それぞれのハードウエアとソフトウエアで自分の欲しいシステムを組んでほしかったのだ。このことに気が付いて、IBMはサービスを提供することに価値を見出した。自ら持っているハードウエアとソフトウエアを活かして、サービスを提供した。同じように半導体部門も、これまで培ったハードウエア技術(設計と製造)とチップに焼き付けるソフトウエア技術を使い、顧客の求めるシステムを提供することに決めた」。

いわゆるソフトの時代ではない。もちろんハードの時代でもない。自ら持つ得意な資産を活かしてサービスを提供するのである。かつて、IBMがサービスの時代と言った時に、もうハード部門はいらないから縮小してしまえ、と半導体部門を大きく縮小した大手電機ITメーカーがあった。結局、経営者がIBMのサービスの時代の本質を理解していなかったために会社が大きな損失を被ってしまった。

今、世界の勝ち組を見ていると、顧客にどのような価値を提供するか、そのために客の求めるシステムを理解、先回りして提案する。こういった戦略を持つ企業が多い。ソリューション提案を始めたルネサスはこのままの戦略を続ければ、必ずや勝ち組に戻るだろう。

今日は歴史ある計測器メーカーもアプリケーション提案を標榜するようになったことに驚いた。計測器メーカーでも比較的歴史の新しいナショナルインスツルメンツ(NI)は、顧客にどのような価値を与えるか、価値創造の時代に入った、と数年前から標榜していた。NIはモジュールベースの計測器メーカーで、例えばオシロスコープ用の回路モジュール、スペクトルアナライザ用の回路モジュールなどをベースに演算や表示はパソコンでやらせよう、という発想をしてきた。このため進取の気性が強い。

テクトロニクスは40年前にカーブトレーサやオシロスコープなどを使っていたエンジニアには使い勝手の良い計測器だった。オレゴン州のポートランドに拠点を置き、一度訪ねたこともある。計測器は最先端のデバイスを測るため、それ以上に最先端性能を持つ半導体チップを使わなければ検出できないことがある。このため計測器メーカーは、最先端半導体ユーザーでもある。この古い歴史のある企業でさえ、新しいソリューション時代を標榜するからには、生き残る企業に必ずなるだろうと思う。

(2016/02/05)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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