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40年前からオープン化で成長続ける会社

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長
LabVIEWの父、ナショナルインスツルメンツのJeff Kodosky氏

熟知している人が意外に少ないのが真のオープン戦略。標準化、インターオペラビリティ、オープンイノベーション、プラットフォーム、エコシステム。オープン化とは技術を丸裸にしてみんなに見せることでは決してない。入力部と出力部分のハードウエアとソフトウエアをみんなで同じものを作って共有し利用しようという考えがオープンであり、標準化である(図1)。ここには日本発とか米国発とか全く意味を持たない。

図1 システムの入力と出力のみをオープンに 中の技術は知的財産にしておく
図1 システムの入力と出力のみをオープンに 中の技術は知的財産にしておく

今さらかもしれないが、これらのオープンに関する言葉は全てグローバルの勝ち組企業の共通点である。ARMしかり、Googleしかり、Intelしかり、である。このうち、IPベンダーのARMがファブレス半導体の道を捨て、IPベンダーに専念したのは1990年代に入ってからだ。半導体メーカーのIntelがPCIバスを提案してオープン化を打ち出したのも90年代になってから。はじめからオープン化を志向したGoogleが創業したのは1998年。

ところがGoogleよりも20年以上も古い1976年創業で、始めからオープン化を志向して現在に至る企業がある。1976年創業の測定器メーカーNational Instruments社である。測定器とは、電気(電圧や電流)の形で見える化した道具、と定義できる。例えば、果物の甘さ、すなわち糖度を測る道具も測定器だし、水質の汚染具合を測るのも測定器である。測るべき対象物はできれば数字で表したい。それも過去から現在までの数字の変化を見たい。さまざまな要求が出てくる。

これらの測定器には、物理量や化学量を電気に変換して実際に測定する部分と、その取得した数字を記録したり、グラフ化したり、色を付けたりする演算部分がある。そこで測定器を、測定部とデータ処理部に分けることができる。データ処理部はパソコンに任せ、測定部分だけ1枚のプリント回路基板上に回路モジュールを形成する。その回路ボードをオシロスコープ回路、スペクトルアナライザ回路など、専用の回路ボードとして作っておけば1台の筐体でボードを差し替えるだけでいろいろな測定ができることになる。NIは創業当時から、こういった発想で、回路ボードを差し込むだけでいろいろな測定器を作ることができることを志向した。いわばオープンなプラットフォームをベースとした測定器である。

さらに測定すべき回路を設計したり、測定データを処理したりするのにソフトウエアがあれば、さらにフレキシビリティが増す。こうして1986年に生まれたテストプログラムを作るためのソフトウエアLabVIEW(Laboratory Virtual Instrumentation Engineering Workbench)は、最初はグラフィカルユーザーインターフェースを持つアップルのマッキントッシュにインストールした。しかし、当初のLabVIEWはあまり使われなかった。LabVIEWの父と言われるJeff Kodosky氏(図2)はNIWeek 2016の基調講演の中で「どんなエンジニアも実際にマックを買うつもりがあったのだろうか?」「我々がターゲットとしていた顧客のエンジニアは実際には自分でテストプログラムをパソコンでベーシックやC言語で書き続けていた」と語っていた。しかし、幸運なことに科学者やエンジニアはMS-DOSパソコンよりもマックを好んだ。そのようなエンジニア顧客を獲得した。

 図2 LabVIEWの父、Jeff Kodosky氏
図2 LabVIEWの父、Jeff Kodosky氏

それ以来、NIはハード作りとソフト作りに力を入れた。ソフトウエアは書き換えるだけで同じ一つのハードを変えなくても様々な機能を実現できる道具である。ハードウエアはいろいろなソフトウエアを書けるようにするコンピュータベースのシステムである。

NIは、ハードウエアプラットフォーム(PXIやCompactRIOなど)とソフトウエアプラットフォーム(LabVIEW)を生み出すことで、あらゆる測定器を生み出せるようになった。あらゆる電子エンジニアにオープンに提供できるようになった。ここにオープン、プラットフォーム、インターオペラビリティ(どのようなボードでも差し替えるだけで済む)、そして入出力バスやインターフェースは標準化されたものだけを使う。当初はGB-IBバスであった。最近はPCIeバスである。

NIはこういったオープンやフレキシブルという言葉にこだわるのは、どのような測定器もハードとソフトだけで素早く構成できるからだ。だからこそ、ドッグイヤーと言われる現代にNIの当初からの戦略が通用する。すなわち、良いものを早く安く提供する、という現代にフィットする。それだけではない。これから先も、この手法に将来性を感じるからこそ、オープンでみんなが開発できるようにするためのエコシステムも構成している。

こういった世の中の流れは、コンピュータが計算機として存在するのではなく、さまざまな機器が制御やちょっとした演算にコンピュータの考えを利用するようになったことと関係する。このような機器は「組み込みシステム(Embedded System)」と呼ばれる。今やほとんどの電子機器が組み込みシステムになっている。だからこそ、ハードウエアだけではなく、ソフトウエアも一緒に活用することで、良いものを安く速く設計・製造できるようになったのである。ソフトが得意だがハードは苦手、あるいはその逆なら、得意な企業と組めばよい。それがエコシステムになる。

NIはLabVIEWができた時点で測定器という組み込みシステムを開発してきたと言える。だから今のトレンドと同じ向きを指している。オープンとは誰でも使えるもの、インターオペラビリティとは誰のハードやソフトともつなげること、標準化とはみんなが使えるように統一すること、プラットフォームとはいつまでもずっと使えるハードやソフトのこと、そしてエコシステムとはそれぞれ得意な技術を持った人たちの集まりのこと。こういった言葉が少量多品種の現代をよく表している。

(2016/08/11)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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