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クアルコムはNXPをどうするのか?

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長
QualcommのアプリケーションプロセッサSnapdragon

スマートフォンの頭脳となるアプリケーションプロセッサと通信モデムチップを提供してきたクアルコム社がオランダの総合半導体メーカーNXPセミコンダクター社を買収することで両社合意に達した。今月初めに、「クアルコムのNXP買収はあり得ない」という記事を書いたが、筆者の予測は見事に外れ、うわさ通りに進んだ。しかし、これはクアルコムにとって本当に良い買い物なのか、疑問は残る。

日本の新聞やマスメディアは、クルマ用の半導体欲しさにNXPを買ったと見ている。確かにNXPはクルマ用半導体では世界トップメーカーになる。センサ、マイコン、送受信機などIoTシステムやクルマに強いNXP、クルマ用プロセッサに強いフリースケールとの合併によってNXPのクルマ用半導体は強くなった。しかし、クルマ用の半導体はたしかにこれから成長が期待されているが、スマホビジネスから見ると残念ながら数量はそれほど多くはない。

海外の識者の見方はやはり、大きな問題として企業文化の違いを指摘する(例えば、EPC社CEOで電子産業の論客でもあるAlex Lidow氏へのインタビューニュース)。クアルコムは、研究開発に特化するファブレス企業であり、研究開発費は売り上げの20%にも及ぶ。NXPは設計も製造も持つIDM(垂直統合型の半導体メーカー)である。このためサプライチェーンは全く異なる。ファウンドリとの付き合い方や設計工程の関わり方、スマホという限られた製品に向けたビジネス特有の文化を変えなければならなくなる。もう一つの大きな企業文化の違いは、クアルコムは大量生産少量カスタマのビジネスを遂行してきたこと。NXPは顧客の数が多いビジネスを行ってきた。

ファブレス企業は工場の生産量を考えないビジネスを行っているが、IDMは顧客に対して常に、数量はどのくらい出るのか、によって顧客と交渉する。わずかしか使わないICなら作らない。顧客が来ても「帰ってくれ」というビジネスになる。注文を取る時は、常に工場のキャパシティ(生産能力)を見ながらではないと受けない。パナソニックと富士通セミコンダクターのSoC部門が統合したソシオネクスト社のあるエンジニアは「ファブレスになってよかったことは、生産量がある程度少なくても顧客を獲得できることでした」と述べている。IDMだった組織では、わずか月産数千個なら他にいってくれ、と断っている。

クアルコムはファブレスでありながら、数量が多いビジネスを手掛けてきた。顧客はスマホメーカーだったから、彼らに向けたアプリケーションプロセッサやモデムを提供してきた。組み込みシステムと違い、新規顧客もスマホメーカーだった。このため、一般市場向けにも販売していく製品が必要だった。その一つが自動車向けかもしれない。

NXPのような製造部門を持っていると工場のメインテナンスや稼働のために人員を確保しなければならず、投資も工場に向けなければならない。つまり売り上げの20%を超えるこれまでの研究開発投資はあきらめなければならない。

かつて、インフィニオンテクノロジーズがDRAM専用のキモンダを別会社にスピンオフしたが、その目的は経営者が投資規模の全く違うビジネスを同時に判断できなかったからだ。DRAMやメモリは量産工場の微細化とキャパシティを上げることに投資し、SoCはソフトウエアや開発ツール、設計アーキテクチャなど人材への投資が中心となり、さらに設計だけではなく工場への投資も必要となる。メモリほどではないが工場の稼働や保守などにも投資しなければならない。クアルコムがNXPを合併させると、量産投資、研究開発投資、設計への投資、など投資負担が重くなることを覚悟しなければならない。

クアルコムとしてはモバイルネットワーク特化型ビジネスから、組み込み型へと広げていることは確かだ。先日も都内で記者会見を開き、製品のロジスティクスについてこれまでとは大きく異なり、販売代理店を用いることを発表した。米国本社でもArrow Electronicsと契約、Arrowルートで一般顧客に売っていくことを決めた。日本でもその日本法人を通じて販売する。これまでのクアルコムは、顧客がスマホメーカーと決まっており、直販しかとってこなかった。このため製品広告を打つこともなく、通信モバイルの世界だけに閉じこもっていた。これからは一般市場にも参入するという訳だ。

さらに製品寿命に関しても開発スピードが違う。クアルコムはスマホ向けに寿命2~3年を考慮するビジネスに特化してきたが、NXPが持つクルマや産業の分野では10年の製品保証、寿命が求められ、設計サイクルもこれまでほどは短くない。クルマや産業機器では信頼性保証はマストであり、品質管理体制もまるっきり変えトレーサビリティも担保しなければならない。

NXPが持つ製品ポートフォリオは広い。マイコンやプロセッサ(旧フリースケール)、ディスクリートや標準ロジック、インターフェース、AV用インフォテインメント、RF、パワーマネジメント、センサ、ID認証とセキュリティなどからなる。NFCカードやFelicaカードなどに強いNXPはID認証とセキュリティには極めて強い製品を持っている。NFC仕様の基本は、汎用的なRF回路とセキュリティ回路を分離して、カードというハードウエアに依存することなく、電話やスマホなど様々な応用の認証に使うことを目的としていた。セキュリティと言っても、IDを中心としたセキュリティでは、産業機器やクルマのセキュリティ(ソフトウエアだけではなくハードウエアも含む)とは異なる。

NXPにはプロセッサでクアルコムとは異なるアーキテクチャがある。旧フリースケールが持っていたマイクロプロセッサアーキテクチャi.MXシリーズやQorIQシリーズ、PowerアーキテクチャなどとNXPのマイコンで、これらとも統合するとなると、リソース配分がきつい。それぞれのアーキテクチャのエコシステムはどうなるのか、パートナー企業は疑心暗鬼になる。かつて、日立製作所と三菱電機、NECエレクトロニクスが一緒になってそれぞれのプロセッサのアーキテクチャが乱立したことと同じ状況を迎える。

NXPにはかつてのルネサステクノロジのように、日立製作所と三菱電機のプロセッサの葛藤、さらに1本化したプロセッサを開発したかと思ったとたん、NECエレクトロニクスとの合併でVアーキテクチャも付いてきた。それぞれのマイコンやプロセッサのソフトを開発するエコシステムの人たちは当初、戸惑いを見せた。同じことがクアルコムのプロセッサSnapdragonプロセッサとNXP(旧フリースケール)のi.MX、QorIQ、Powerアーキテクチャでも起きる。

クアルコムとNXPのと合併は大変だなという感想を持たざるを得ない。ここではあまりクアルコムの戦略を議論して来なかったが、クアルコムとNXPの合併、両社の企業文化の大きな違い、などは学生や大学研究室での面白い論文のネタになりそうだ。

(2016/10/31)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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