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今後の日本経済は?

津田栄皇學館大学特別招聘教授、経済・金融アナリスト

12月の総選挙で、自民党が圧勝し、安倍政権が成立して以来、日本経済は少し明るくなったような気がします。それは、今回の選挙に向けて、自民党は、デフレからの脱却、日本経済の復活を目指して、大胆な金融緩和政策、公共投資を中心とした機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の3本の矢、すなわちアベノミクスといわれる経済政策を打ち出し、それがこれまでの民主党政権下で閉塞感に包まれた国民のなんとか現状を打破してほしいという心に響き、将来への何かしらの期待となって経済に好影響を与えているからといえましょう。そのことは、街に出かけると多くの人が明るい顔をしていて、買い物や食事などで消費していることから窺えます。今回のアベノミクスによって、日本経済が予想以上に早いスピードで復活に向かって滑り出したような感があります。

もちろん、11月14日に当時の野田首相が起死回生策として衆議院解散・総選挙を発言した後、為替市場は円安に振れ、株式市場は上昇に転じていたのは、いち早く、民主党政権の終焉と安倍政権の誕生、日本経済の変化を先読みしていたからだともいえ、それが今現実になりつつあるということでしょう。そのことは、最近発表された経済指標にも表れています。

すなわち、黒田日銀新総裁のもとで、市場の期待を超えた大胆な金融緩和政策が決定されたことも手伝い、為替では、円安が一時100円/ドル寸前まで進みましたし、株式では、円安の進行も受けて4月終わりには日経平均は14000円近くまで達し、実に11月13日の安値8619円を底に約5ヶ月半で62%の上昇を見せています。そして、将来への期待により大きく改善した消費者心理のもとで、この株高の効果も加わって、3月の家計の実質消費支出は、時計や宝石などの高額の身の回り品、家の修繕費、外食、自動車取得などが伸びて前年同月比5.2%と、04年2月以来9年1カ月ぶりの高さを見せています。また、鉱工業生産指数も、3月は季節調整済みで前月比0.2%増と4カ月連続の改善となり、出荷が増えて在庫も減少し、生産が伸びるという好循環に入りかけていて、基調判断を引き上げるまでになっています。

とはいっても、日本経済が、本格的に回復軌道に乗っているかと言えば、そこまでは言いきれません。雇用においては、この3月の有効求人倍率が0.86倍とリーマンショック直前(08年8月)に並ぶ高水準となり、完全失業率も4.1%と0.2ポイント改善しましたが、就業をあきらめる人が増えての改善という側面があります。特に、女性の失業率が医療・介護などへの就業から改善しているものの、製造業への就職が多い男性が新規求人数の減少から就職をあきらめる人が増えているという現状があります。それは、生産が回復していると言っても先行きを見ると一進一退の動きが見られて完全に復調しているわけではなく、それが雇用面にも、そしてこれだけ円安になっても輸出が伸び悩んでいることにも表れています。ということで、雇用、生産、輸出は、依然として、まだ不安定だといえましょう。

また、所得においても、依然大きな伸びが見られているわけではなく、最近一部の大企業では、社員の賃金やボーナスなどの引き上げを表明していますが、中小企業を含めた多くの企業は、社員の賃金引き上げには消極的で、まして契約や派遣などの非正規雇用では、賃金の増加はあまり望めないのが現状といえましょう。そうすると、今は、先行きへの期待、そしてそれを受けての円安、株高の効果から消費が伸びていますが、今後所得増などの実体が伴わないと期待から失望となって消費も伸びなくなってしまうことになります。

その点で、現在、アベノミクスは、まだ黒田日銀総裁による大胆な金融緩和という第一の矢を放っただけです。依然、本格的に景気への直接的な刺激となる機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略という第二の矢、第三の矢が実施されているわけではありません。もしこのまま第二、第三の矢の実施に時間をかけてしまうと、アベノミクス政策による景気回復という明るい将来への期待が薄れていきます。また、これまではアベノミクスという政策が世界に影響を与え、日本経済の先行きへの回復期待から、為替及び株式の市場に外国人の資金が活発に投資された結果、円安、株高が実現しましたが、まだ大胆な金融緩和政策だけでとどまっていますから、第二、第三の矢を繰り出さなければ、アベノミクスの賞味期限が切れる恐れがあります。そして、日本に対して海外の目はまだ完全に信用しきっていないだけに、投資家が失望すれば、市場は円高、株安へ逆回転して、乱高下しかねません。

それにもまして、世界経済の先行きが不透明感に包まれています。これまで内向けの日本の政策が内外の期待を誘って為替、株式市場が動き、景気回復への道を演出してきましたが、それもアメリカの景気回復、欧州のギリシャ、キプロス、イタリアなどの諸問題の一時的な解決による落ち着き、中国の景気回復期待など、世界経済の一時的な安定があったからだといえましょう。しかし、今や、アメリカ経済は、強制的な歳出削減による影響からか景気指標がまだら模様となって緩やかな回復という見方が出てきており、一方で、欧州では、緊縮財政の影響か、消費が鈍り、スペイン、イタリア、ポルトガル、ギリシャなどの南欧を中心に失業率が最悪を更新するなど、景気後退の様相を示しています。そして、新興国でも、景気減速が強まり、特に中国では景気が思うように減速から回復せず、加えて新型鳥インフルエンザの流行などの経済への悪影響が心配されます。

その結果として、アメリカは今後も景気回復を確実にするために金融緩和政策を続けると見られ、欧州では、ECBが2日に0.25%の利下げを実施し、更なる金融緩和をも示唆しています。新興国でもインドが景気テコ入れのために三回目の利下げに踏み切っています。こうした状況から、これまで日本の金融緩和を材料に円安が進行してきましたが、これからは欧米などの金融緩和、そして金利の低下が一方で材料となって、相対比較で為替が動くことになり、ここからは思い通りに円安が進むか不透明です。一方で、欧米や新興国の経済が期待していたような回復にないとなれば、世界の経済成長のもと円安効果も加わって輸出が数量的に伸びるとの予想がはずれるかもしれません。そうすると、期待したような輸出を中心とする景気回復にはうまくつながらないことになります。

そして、このままでは、インフレ期待が高まってデフレから脱却できても、円安による輸入物価の上昇という弊害だけが、負担として国民にのしかかってくることになります。こうした状況は、第一の矢である大胆な金融緩和だけにとどまっていると、景気回復期待が後退する一方、日本から資本が逃避して、円安だけが進行してしまうことから起きえます。やはり、今後海外要因も影響してくるなかで、本格的な景気回復を目指すのであれば、第二の矢の機動的な財政政策、第三の民間投資を喚起する成長戦略を早く打ち出して実施することが求められます。

もちろん、日本の財政は、世界でも例をみない莫大な赤字の状況にあり、いつまでも財政政策を打ち出していけるものではありません。今回はエンジンスターターの役割で景気を刺激するものとして一回限りとし、無駄な公共投資ではなく、安倍政権が言うように、老朽化した橋や道路、トンネルなど社会インフラを更新したり、これからも起きうる災害から防ぐ防災、あるいは災害の損失を最小限に食い止める減災に向けた公共事業など、より強い日本を生むための公共事業に集中させていくことです。

また、成長戦略にしても、民間投資を喚起するためには、大胆な構造改革が求められます。そのために最も重要なのは、広い分野にわたって大胆な規制緩和を進めることです。その結果として、民間投資を呼び込み、0.5%まで低下したとも言われる潜在成長率を引き上げて持続的な経済成長を実現することになります。しかも、規制緩和でも、本来ならば、全国的なものであるべきでしょうが、実験的に特区を使うのは仕方がないとしても、東京など都市部に設けるのは、ますます地方との格差を生み、地方の疲弊から景気回復は不十分なものになると心配します。むしろ特区を設定するならば、疲弊が大きい地方にするべきではないかと思います。やり方を間違えると効果を減殺してしまいます。

そういった点で、これからの日本経済が本格的に回復するかどうかは、第二、第三の矢である財政政策、成長戦略をしっかり見定めて速やかに実行に移すことにかかっています。すなわち、アベノミクスにより日本経済が復活するかどうかを見守っている世界に対して、今後安倍政権はアベノミクスの真価が問われ、その意味で正念場を迎えるといえましょう。

皇學館大学特別招聘教授、経済・金融アナリスト

1981年大和証券に入社、企業アナリスト、エコノミスト、債券部トレーダー、大和投資顧問年金運用マネジャー、外資系投信投資顧問CIOを歴任。村上龍氏主宰のJMMで経済、金融について寄稿する一方、2001年独立して、大前研一主宰の一新塾にて政策立案を学び、政府へ政策提言を行う。現在、政治、経済、社会で起きる様々な危機について広く考える内閣府認証NPO法人日本危機管理学総研の設立に参加し、理事に就任。2015年より皇學館大学特別招聘教授として、経済政策、日本経済を講義。

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