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アベノミクスは、どうなる?(中)― 問題はどこにあるのか ―

津田栄皇學館大学特別招聘教授、経済・金融アナリスト
日本の景気は、アベノミクスで果たして回復しているのか?(写真:ロイター/アフロ)

リオオリンピックのお祭りの後で・・・

日本人選手の活躍に日本中がわいたリオオリンピックのお祭りが終わって2週間あまり、それまであまり気にしてこなかった現実と不安が次々目の前に表れてきています。

中国は、尖閣諸島へ多数の漁船を差し向け、それに合わせて中国公船の領海侵入が公然と行われるなど、南シナ海だけでなく、東シナ海もきな臭さが漂い始めています。その結果、以前から中国への投資が減少していたなかで、中国との関係悪化は、投資・貿易へさらに悪影響を与え、日本経済にも先行き不安材料となりえます。

そんな中、為替市場は、たびたび100円/ドルを割るなど、円高への動きが強まっています。為替市場では、一気に動くには大きなエネルギーが必要ですから、簡単には円高にはならないでしょう。8月26日のジャクソンホールでの「追加利上げの条件は整ってきた」とのイエレンFRB議長の発言によって、アメリカの9月利上げ観測が浮上し、一時104円/ドル台と3円近くの円安になったものの、円高の流れが大きく変化するほどの動きにならず、むしろ円高にかけたポジションが減り円安にかけたポジションが溜まることで逆に円高へのエネルギーが高まり、さらなる円高になる可能性があります。

一方、この円高が続けば、企業業績が悪化することが予想されます。本来であれば、それは株安につながるはずですが、日銀の7月末に行われた金融政策決定会合でETF(指数連動型上場投資信託)の買い付け額の倍増が採用され、株価が異様に割高に維持される状況に陥っています。しかし、企業業績は4~6月期でも悪かったのに、7月以降更なる円高になっていますから、一段と悪化するはずです。それを裏付けるのか、先行き景気不安、所得の伸び悩み懸念から、個人は財布の紐を締め、安いものを買う動きを強めています。それが、モノの値段の下落を招き、再びデフレの恐れが出始めています。それが先日の7月の消費者物価が前年同月比-0.5%と下落していることから兆候が見られます。

こうしてみてくると、リオオリンピックの間にも、経済は動いていて、そこで見られたのは、アベノミクスの目指したデフレ脱却、景気回復に黄色信号が点滅し始めているということでしょうか。

参院選後採られたアベノミクスの第1の矢の問題

7月の参院選で勝利した安倍政権は、国民が期待する景気回復、それに対して約束したアベノミクスの更なる前進、加速を、実行に移そうとしています。それについては、前回(アベノミクスは、どうなる?(上)―国民の期待に応えられるか? ―)で述べましたが、第1の矢である大胆な金融政策、第2の矢である機動的な財政出動は、約束通りほどなく採用されましたが、第3の矢の成長戦略は、これからです。これまでのアベノミクスについて、第1、第2の矢の政策を中心に検討してみたいと思います。

さて第1の矢の大胆な金融政策ですが、7月末に決定したETF買い付け額の倍増(3.3兆円から6兆円)という質における金融緩和が、いろいろな問題をはらんでいます。これまでは、量的緩和においては、限りのある国債の買い付け額の限界が見えるなどの問題が起き、金利による金融緩和においては、マイナス金利採用で、長期の債券までマイナス金利になることにより国債等債券で運用する機関投資家が運用難に陥り、銀行、生保などの収益が悪化し、また三菱東京UFJ銀行のプライマリー・ディーラー(国債市場特別参加者)の資格を返上するなど、いろいろな問題が指摘されています。

量的金融緩和で、国債等を買い付けて、短期から長期の金利まで低下を促し、また銀行等金融機関を通じて大量の資金を市場に供給してきていますが、それが、期待した消費や投資の増加に、その結果として物価の上昇に、必ずしもつながっていません。それは、ジャブジャブの資金を市場に供給すれば、低下した金利のもとで消費や投資を刺激して、資金需要が高まり、景気の回復、物価の上昇につながるという教科書的な答えになるはずが、なっていないことになります。

企業は、360兆円ともいわれる内部留保を抱えていますから、何も銀行から融資を受ける必要もなく、また個人も預金を中心に1700兆円の金融資産を持っていますから、住宅取得などよほどの資金需要がない限り、銀行から借りる必要性もなく、結果的に消費や投資に向かっているとは言えません。それは、なぜかというと、企業や個人は、バブル崩壊時に、銀行などの金融機関から、貸し渋りや貸し剥がしなどの経験を受けて、金融機関への冷酷さを身に染みてしまっていて、金融機関からお金を借りることへの恐怖、抵抗が強いということが背景にあると考えます。

それよりも、多くの人が指摘するように、企業も個人も、バブル崩壊以降、先行きの将来について、少子高齢化による日本経済の停滞・縮小、年金減少による老後生活苦など漠然とした不安を抱え、それも年々強まっていることが、消費や投資を控えることにつながっているといえましょう。もはや、こうした不安がある限り、日銀が教科書のように、いくら金利を下げ、お金をジャブジャブに供給して景気を刺激しようとしても、個人も企業も積極的に動こうとはしません。

そして、動かないからと言って、マイナス金利にして、動かそうとしても、不安の解消がない限り、日銀の考えた通りにはなりません。むしろ、マイナス金利による弊害は、金利をほぼゼロにしてしまった結果、個人の利息収入がなくなって、余計に消費を抑制し、経済を低迷させてしまっていることです。それは、今年4~6月期の実質GDPの個人消費が前期比年率で0.2%と低い伸びにとどまっていることに現れています。

しかも、マイナス金利政策の問題は、貸し出しや運用による収益から預金金利や資金調達、人件費などのコストとの差である利ざやをマイナスにしてしまい、銀行等の収益を圧迫、貸し出しを抑制する方向に向かわせてしまっていることです。そのことは、7月の都銀の貸し出し残高が、前年同期比-0.7%と減少していることに現れているのではと推測されます。しかも、マイナス金利政策を長期化すれば、ほかの金融機関にも広がり、さらに貸し出しの減少幅が大きくなるような気がします。これでは、日銀の期待する景気回復どころか景気停滞につながるのではないかと危惧します。

逆にそうした中で、今回ETFの買い付け額倍増という質的金融緩和を採ったことは、別の面で問題が見えてきています。まず、この緩和策は、日銀の目的である「物価の安定」を図ることに沿った金融政策なのかという問題が起きています。ETFを買うことがどうして物価の安定につながるのか、日銀は今一つ明確に説明していません。特に、黒田総裁は、物価2%、2年で実現という目標を設定してデフレ脱却を目指していたはずですが、2年を過ぎても、もはや物価2%を達成することができないどころか、最近の消費者物価は、マイナスに陥っていて、黒田バズーカと言われる異次元金融緩和の効果が疑問視されていての、今回の金融緩和策です。

すなわち、この質的金融緩和で、下落する物価を食い止め、安定的にプラスになって、デフレが脱却できるのか、というと、どうしてもそうなる過程が見えません。むしろ、デフレからくる円高により株の下落を防ごうとしていると見られてもおかしくありません。つまり、日銀の目的が物価ではなく株価にあると見られかねないことが問題といえます。そして、このままETFを買い続けることは、上場企業の実質的な大株主になり、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の株式の組み入れ増と合わせて見ると、株式市場は、公的資金を通じて国に関与され、管理されることになって、市場機能が低下し、最終的に自由資本主義の否定、中国と同じ国家に管理された資本主義国家になりかねないことになります。また、どこかでETFを売るとなると、これまで株式を支えていたのとは逆に、下落させる立場になります。こうした問題は、量的金融緩和で国債等を買っていることにも通じます。

つまり一旦異次元金融緩和を始めてしまうと、市場はもはや日銀の買いでしか動かなくなってしまい、もし物価が目標である2%を達成した時、それをどうやってやめるのか、市場が日銀の買いで価格形成され、日銀に依存してしまっている中でその出口が見いだせるのか、あるいは、逆に、もし目標である物価がいつまでたっても達成できず、むしろデフレ状態になった時には、こうした日銀の買いをいつまで続けるのか、永遠に続けるのか、と言った問題がおきてきます。(個人的には後者の問題が起こり得るのではないかとみています。)

多くの人が言っているように異次元金融緩和を始めることは、ルビコン川を渡る、あるいはパンドラの箱を開けるようなもので、もう元に戻れないのではないかということになります。

日銀は、こうした色々な問題を意識してか、9月20、21日の日銀金融政策決定会合でマイナス金利付き量的質的金融緩和について総括的な検証を行うとしています。ただ、先のジャクソンホールでの黒田総裁の、金利引き下げの限界には、「まだかなり距離がある」との発言で必要に応じてマイナス金利を拡大させる考えがあることを示唆しています。しかもマイナス金利政策だけでなく、量、質についても追加緩和の余地が十分にあるとして、むしろさらに一段進める考えでいます。ということは、このままでは、異次元金融緩和の問題は深刻化し、市場の危惧は一段と強まります。そして日銀は、市場との対話がうまくとれなくなれば、日銀の信用問題にもなり、それが市場の混乱となって、日本は、これまで以上にひどい状況になるかもしれません。

参院選後採られたアベノミクスの第2の矢の問題

第1の矢の大胆な金融政策に、限界が見えてきています(黒田総裁には限界はないという立場です)が、第2の機動的な財政政策においても、効果が疑問視されています。安倍政権ができてから、機動的な財政出動が毎年行われてきました。この財政出動の効果は、当初はアベノミクスへの期待もあって大胆な金融緩和とともに効果を発揮し、実質GDPは2013年度2%を達成しましたが、その後2014年度は消費税増税の影響もあってマイナスとなり、2015年度も、0.8%と低く、毎年のように公共事業を中心に相当の額をつぎ込んでも期待したほど効果がなく景気の回復につながったとは言えない状況です。

すなわち、1990年代バブル崩壊時に相当の公共事業を行ってきても景気回復につながらず、財政赤字が急速に膨らみ続けた状況を考えると、公共事業の乗数効果(政府支出1に対してGDPがいくら増えるかという指標)は、90年代以前と比べて低下し、今は1に近い数字ではないかと言われています。そうであれば、どれだけ公共事業をやっても、GDPがあまり伸びず、財政赤字は増え続けることになります。

もちろん、2015年度までは、税収が伸びましたが、大胆な金融緩和によって為替が80円台から120円台まで円安になって企業の収益が大きく改善し、最高益を計上したこと、またそのことで少しは賃上げが行われた(政府の賃上げ要請に企業が応えた面もあるが)上に株価も日経平均が8000円台から21,000円近くまで上昇し、個人に少し余裕ができたことで個人消費が伸びたことなどから来たものと思われます。

しかし、その伸びた税収を低下した乗数効果の公共事業につぎ込んだのですから、財政は改善するどころか、悪化し続けたと言えましょう。そして、公共事業を中心とする財政出動を毎年行った結果、財政、経済で、様々な問題が表れてきています。

まず、財政赤字は、年々増加し、2012年度末932兆円から2016年度末予想は1062兆円と4年間で130兆円も増えることになります。これでも長期金利が1%を割り、最近ではマイナス金利になっていますから、利払い費があまり増えず、財政赤字の増加スピードは落ちていますので、まだ救われていると言えましょう。しかし、今後金利が上昇することがあれば、加速度的に財政赤字は膨らむリスクがあります。(もちろん、日銀が買い続けているから、低金利が続くので問題ないという考えもあります。しかし、日銀が市場から信認を失ったときは、金利の急騰もあり得ますし、そもそも財政赤字が増え続ければ日本国債への信認が失われ、金利が上昇することもあり得るのではないでしょうか)

前回も書きましたが、東日本大震災の復興で大規模な公共事業を行っている中で、人材や資材の限界のもとでは、人手不足や資材価格の高騰を招いて予想したよりも景気刺激効果が小さく、また官需への人材・資材の集中により民需を圧迫するばかりです。しかも、最近は熊本地震、豪雨や洪水など大災害が多く起きて、いやでも修復などの公共事業は行わなければならず、さらにこうした弊害が増幅されています。また、地方において、価格高騰した建設費のもとでは、公共事業を行いたくても行えないばかりか、人口減少や高齢化により財政がひっ迫しているところでは、財政負担が重く、その結果としての公共事業から得られる恩恵が小さくなっています。

しかも、地方は公共事業を大方やりつくしてもはや公共事業を行う余地は小さくなっていることもあります。もう今は、どちらかというと、地方は、既存の道路や橋、トンネルなどの修理補修などしかなく、大規模な公共事業は利益がなく、むしろ地方財政の悪化を招いて弊害にさえなりえます。

つまり、今の公共事業は、その経済への効果が小さく、むしろ効率的な人的・物的資源の資源配分を阻害し、非効率な経済を維持することになってしまうだけでなく、また財政的にも悪化させ、将来の負担を増やしてしまう恐れさえあり、問題が多いと言えましょう。

アベノミクスに足りないのは

前の旧民主党政権のバラマキ政策以外に政策らしい政策がなく、経済が閉塞感にあった中で、安倍政権が打ち出したアベノミクスは、それなりに日本経済が立ち直るきっかけになる政策ではないかと考えています。しかし、その効果は、最初の1年ぐらいだけでした。

何が問題なのかと言えば、日本経済の復活につながるアベノミクスの政策の根幹が、第1の矢である大胆な金融政策でもなく、第2の機動的な財政出動でもなく、第3の矢の規制緩和・廃止や日本経済の非効率な構造の改革などの成長戦略にあるのに、一向に前進していないからです。日本経済の問題は、0.3%ともいわれる潜在成長率の低さにあります。潜在成長率は、資本、生産性、労働力の生産活動に必要な三要素をフルに活動して得られる成長率ですが、それが低いことは、どんなに需要を刺激しようとしても潜在成長率を超えて成長しようするのには無理があるということになります。

この潜在成長率を上げるには、構造改革をして、日本経済を効率化することでしか方法がありません。第1の矢の金融政策や、第2の矢の財政出動では、潜在成長率を引き上げることはできません。金融政策や財政出動は、むしろ経済の成長率が低下したときにそれを支え、安定化するときに行う政策です。したがって、こうした政策は長期に行うものではなく、ごく短期で行うもので、効果も潜在成長率を一時的に超える力しかないということになります。つまり低い潜在成長率のもとでは、それ以上のものを期待することは難しいということになります。それが今回のアベノミクスの結果になって表れているということです。

次回は、こうした経済政策の視点から、アベノミクスを論じてみたいと思います。

皇學館大学特別招聘教授、経済・金融アナリスト

1981年大和証券に入社、企業アナリスト、エコノミスト、債券部トレーダー、大和投資顧問年金運用マネジャー、外資系投信投資顧問CIOを歴任。村上龍氏主宰のJMMで経済、金融について寄稿する一方、2001年独立して、大前研一主宰の一新塾にて政策立案を学び、政府へ政策提言を行う。現在、政治、経済、社会で起きる様々な危機について広く考える内閣府認証NPO法人日本危機管理学総研の設立に参加し、理事に就任。2015年より皇學館大学特別招聘教授として、経済政策、日本経済を講義。

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