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トランプ時代は何を意味するのか?

津田栄皇學館大学特別招聘教授、経済・金融アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

トランプ氏の大統領当選はたまたまか?

トランプ氏が、1月20日に第45代大統領に就任し、その後、大統領として、支持してくれた国民のために約束したことを矢継ぎ早に大統領令として署名し、実行に移している。それは、昨年11月のアメリカ大統領選挙で、彼が、大方の予想に反して、本命であったクリントン候補を破って当選させてくれた(全体の得票率ではクリントン氏が勝利したが、選挙人獲得では多数を占めた)強い支持者に応えるためであるといわれる。

ところで、なぜトランプ氏は当選したのだろうか?彼は、アメリカ国民の不満を代弁して過激な言動で強い支持を得、広げるという選挙戦術が、たまたま上手くいったからだという意見もあろう。確かに、国民の底辺には不満が充満しており、それを吸い上げた彼の言動が多くの国民の心の奥底にある心情を揺り動かしたと言えるかもしれない。

トランプ大統領当選は必然!

しかし、私には、彼の大統領当選は必然だったのではないかと感じている。それも歴史的にである。なぜなら、今のアメリカは、かつてのローマ帝国、漢帝国などをはじめとする強大な帝国を築いた古今東西の国々が、繁栄から衰退する過程のなかで、必ず内からの反乱が起きて、それへの対応に追われていった姿と同じように見えるからである。

もちろん、専制政治と民主政治という大きな違いはあるが、国民の支持あっての政治であり、国である点は変わらない。そして政治の多くは経済的問題の影響を強く受ける。どういった帝国でも、あるいは今の民主主義のアメリカでも、内向きの政治に切り替わるには、中産階級の衰退・没落、貧富の格差の拡大、新興国の台頭など根本的な経済問題が底辺にあることは共通している。

過去の大国で起きたことが、今アメリカでも・・

ローマ帝国にしても、漢帝国にしても、領土を拡大していく中で、異民族を取り込む際には、宥和政策を行い、拡大路線を採っていた。そのことで、多様性が認められ、経済成長につながったといえる。もちろん、拡大する中では、数多くの戦争が行われ、戦費が膨らむが、中産階級が健全のうちは問題が起きなかった。

しかし、周辺国を取り込むことは、自国の基準を認めさせるということで一種のグローバル化であるが、そのことが遅れていた周辺国を新興国として成長させることにもなり、反面安いものが流入することで本国を苦しめることにもなったはずである。そして、それが中産階級を経済的に苦しめ、彼らが没落し始めると、膨大な戦費を賄えなくなり、拡大にも限界が来て維持することが困難になった。一方、富める者が既得権益の拡大に走って益々富を得、没落した中産階級を含めて多くの貧困層が生まれるなど貧富の格差が拡大していったといわれる。

そうした貧困層の不満が反乱や騒乱など社会的な不安につながって、政治は内向きにシフトせざるを得なくなった。いわゆる自国第一主義である。一方周辺国への対応が手薄になるとともに、国内の不満を和らげるために異民族に対して厳しくなっていったことで多様性を失い、周辺国との対立が激化し、浸食されて、領土を維持することが難しくなり、結局崩壊していったと言える。

そして、現在のアメリカに転じると、今回の大統領選挙で、アメリカでは、中産階級が衰退、没落し、多くの人が下層に追いやられているとともに、所得格差、貧富の格差が拡大していることが、あらためて露わになったと言える。そして、特に、経済のグローバル化の進展していく中で、国際競争力を失い、倒産、撤退などで衰退した、かつて繁栄していたアメリカの中央部の工業地帯(ラストベルト(さびついた工業地帯))に取り残された人たちが、中産階級から没落して貧しくなったことで、強い不満を持っていたことである。

それは、経済のグローバル化によって、アメリカの基準が世界を支配してしまうと、賃金の安い新興国が労働集約的な産業を奪い成長する一方、そうした産業に従事していたアメリカの中産階級の労働者、特にかつての古き良き時代を経験してきた白人層は、職を失い、移民により職を奪われ、より低賃金の仕事に従事せざるを得なくなったりしたことで、経済のグローバル化反対、移民反対、それがTPP反対、NAFTA見直しにつながっているとも言える。また、世界の警察官としての軍事費負担にも限界が来ているために、海外駐留の費用を同盟国に求め、もっと国内への投資を望む国民の声が大きくなったのも当然と言える。

しかし、これまで支持してきた民主党政権、あるいはニューヨークなどの中央のエスタブリッシュメントの共和党は、そうした不満や声に応えられずにいた。そこに、トランプ氏が登場し、これまでの経済のグローバル化政策や移民政策などとは真逆の内向きの政策を打ち出したことで、不満に応えてくれそうだということから多くの国民が反乱をおこし、トランプ氏に支持が集ったと言われる。もちろん、それは一面的な見方であるが、多くの人が積極的に民主党を支持しなかったことは、これまでの政治への不満が表れたとも言えるのではないだろうか。

トランプ時代を意味するものは?

こうして見てくると、今のアメリカは、かつての大帝国を築いたローマ帝国や漢帝国が没落していく姿に似ているように見える。つまり、拡大に限界が来て、疲弊した国内の不満から内向きへの政治に変わっていく今のアメリカは、かつての大帝国が他国を取り込むような世界に通用するグローバル的な理念を失い、普通の国に向かい、協調から対立する中で衰退していった過程にあると言えるのではないだろうか。

もちろん、全く同じ道を歩むわけではない。もしトランプ大統領が、成長の原動力である国際協調の中でのオープンな資本主義をやめて保護主義に向かい、移民を制限してイノベーションの源泉となる多様性を否定することになれば、アメリカは、いずれ成長できなくなって衰退していくのではないだろうか。その点で、他国との対立のなか侵略を受けて崩壊し、滅んだローマ帝国や漢帝国とは違う、平和的な衰退の道を歩むことになろう。

そう考えると、歴史的にこうした大きな視点で見て、トランプ大統領の登場は、世界を席巻した強国がたどる衰退の道で、そうした方向に向かわせるリーダーとして必ず生まれる存在ではないだろうか。その意味で、これからのトランプ時代は、アメリカがこれまでの超大国から普通の国に移っていき、ゆるやかながらも衰退していく時代の始まり、アメリカ時代(パックス・アメリカーナ)の終わりの始まりということになるのではないだろうか。そして、この結果として、世界の政治経済は大きく変容していくであろうが、それは、また次の機会に書きたいと思う。

皇學館大学特別招聘教授、経済・金融アナリスト

1981年大和証券に入社、企業アナリスト、エコノミスト、債券部トレーダー、大和投資顧問年金運用マネジャー、外資系投信投資顧問CIOを歴任。村上龍氏主宰のJMMで経済、金融について寄稿する一方、2001年独立して、大前研一主宰の一新塾にて政策立案を学び、政府へ政策提言を行う。現在、政治、経済、社会で起きる様々な危機について広く考える内閣府認証NPO法人日本危機管理学総研の設立に参加し、理事に就任。2015年より皇學館大学特別招聘教授として、経済政策、日本経済を講義。

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