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佐藤琢磨に学べ!アスリートとしての自分の意志を伝える姿勢

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
アメリカ・インディカー参戦中の佐藤琢磨 【写真提供:Honda】

米国インディカーレースに参戦するレーシングドライバー、佐藤琢磨が2014年も引き続き「A.J.フォイトレーシング」から同レースシリーズに挑戦することが12月18日発表された。

今季は4月21日に米国カリフォルニア州・ロングビーチで開催された「インディカーシリーズ」の第3戦で日本人初の優勝を成し遂げるなど活躍した琢磨だったが、シリーズ中盤戦から失速。年間ランキングは17位と低迷してしまっただけに来季に向けた去就に注目が集まっていたが、この発表でファンもひと安心したことだろう。

インディカー日本人初優勝を成し遂げた佐藤琢磨。【写真提供:Honda】
インディカー日本人初優勝を成し遂げた佐藤琢磨。【写真提供:Honda】

テレビ全国放送で特集番組が

佐藤琢磨のインディカー日本人初優勝は、今年、久しぶりに地上波テレビや新聞などの一般メディアが大きく扱ったニュースとなった。Yahoo!をはじめとしたインターネットメディアも写真付きで彼の快挙を報道。やはり日本人で初めてトップクラスの海外フォーミュラカーレースで優勝したというインパクトは大きかった。

その優勝効果もあったか、佐藤琢磨は今年、地上波やBSなどのテレビ放送によく登場した。NHKのEテレでは6月に「SWITCHインタビュー達人達」という番組で対談が放送された。またNHK BS1では11月に佐藤琢磨の特集番組が放送された。この特集番組はなんと1時間半以上にも及ぶ、現地でのロケを含んだ長尺の番組だった(12月22日に再放送がある)。さらに最近では日本テレビの番組「アナザースカイ」に出演。レース映像を含めたインディカーでの戦いぶりが放送されるなどテレビ出演がひときわ目立っていた。

ロングビーチ市街地コースを走る佐藤琢磨 【写真提供:Honda】
ロングビーチ市街地コースを走る佐藤琢磨 【写真提供:Honda】

今、テレビ業界では「モータースポーツは視聴率が取りづらいコンテンツ」と言われている。F1も地上波での放送が消滅し、モータースポーツのシーンを地上波放送で目にする機会は著しく少ない。そんな時代背景を考えれば、モータースポーツを扱ったテレビ放送が企画され、さらに彼の特集番組という内容になるのは驚きである。

なぜ彼がここまで注目されるのか? 彼がかつてF1ドライバーで、CM出演歴も多く、知名度が高いという事実もあるだろう。しかし、彼が現在の闘いの舞台としているのは米国のインディカーシリーズであり、F1に比べるとはるかに知名度の低いレースシリーズだ。今でこそ佐藤琢磨の優勝でモータースポーツファンにも注目されるようにはなったが、現在はインディカーの日本戦「インディジャパン」も開催されておらず、CS放送のレース中継も日本での放送は月曜日の早朝という最も生で見づらい時間に放送されるなど、インディカーの世間一般的な認知度は高いとは言えない。インディカーについて「アメリカのF1」と形容される表現以外を語れる人は今もそれほど多くないのではないか。だからこそ、この出演ラッシュは驚いてしまう。

人を惹き付ける佐藤琢磨の魅力

こうした彼の番組が実現した背景には、彼がNHKには鈴鹿サーキットのレーシングスクール時代から出演した経歴があるということ、日本テレビはツインリンクもてぎで開催されていた「インディジャパン」の中継放送を担当していたことなど、テレビ局との縁も大いにあっただろう。しかし、過去に番組に出演したという事実だけでは番組企画は成り立たない。彼の特集ともなれば、アメリカでの現地ロケは必須だし、レース映像無しでは成り立たないので公式映像の購入も必要になり、コストがかかる放送となってしまう。それでも番組の企画が通っていくのには、やはり彼が番組出演の際にスタッフに残してきた「良い印象」が原動力になっているのではないかと想像する。

佐藤琢磨とは何度かトークショーを一緒にしたことがあるが、彼はどんな司会者であっても分け隔てなく「気持ちよく」トークショーができるレーサーの一人だ。全くモータースポーツの知識が無い司会者であっても、分かりやすい言葉で説明を加えながらトークを展開するのだ。司会者が彼のレースを見た事が無くても、彼は嫌な顔ひとつしないだろう。司会者はもちろんスタッフも「良い雰囲気のイベントになった」という印象を持つことが多いはずだ。実際にモータースポーツにはそれほど詳しくない司会者仲間も彼の「良い印象」は鮮烈に覚えていると語っていた。

トークショーで語る佐藤琢磨 【写真提供:MOBILITYLAND】
トークショーで語る佐藤琢磨 【写真提供:MOBILITYLAND】

佐藤琢磨の話術とメッセージ

佐藤琢磨はイベント出演の際のプロ意識の高さだけではなく、非常に優れた話術を持っている。それは「コンパクト」に「分かりやすく」話す点にある。何かと専門用語が多く、経験した本人でないと分からない非日常的な話が多くなりがちなモータースポーツ。彼はそんな自分の生きる世界を軽妙なリズム感で、分かりやすく、柔らかい言葉づかいで語る事ができる。

特に「コンパクト」に語れることはテレビのスタッフにも受けが良いだろう。テレビ放送は尺(放送時間)との闘いである。放送時間にありとあらゆる要素や魅力、起承転結を付け加えるには、出演者が長々と話すコメントは最大の敵となる。テロップでの説明を後で付け加えなくても、そのまま活かせるコメントをちょうど良い尺でまとめられる佐藤琢磨の話術はテレビ番組制作者にとってみれば「ありがたい」ものであるはずだ。

また「分かりやすさ」も彼のトークの魅力のひとつ。テレビ出演の際には、必ず分かりやすいネタを披露する。例えば、先日の日本テレビ「アナザースカイ」では米袋を用意し、横からのGフォースに耐えられる首の筋力を作るために、若い時代に米袋を顔に置いて鍛えていたエピソードを話していた。こういう一般視聴者にも分かりやすく、なおかつ自分の生きる世界の大変さを認知させることができる話を彼はいくつも持っている。こういった彼の「コンパクト」で「分かりやすい」話術はテレビ制作者にとってはありがたいだけでなく、また改めて番組を作る際にも「良い番組」のイメージを描きやすくするものだ。

そして、彼のトークの最大の魅力は「強いメッセージ」にある。彼はトークがどんな展開になっても、最後には自分自身のレーサーとしての姿勢をきっちりと伝えるメッセージをどの瞬間よりも真剣な表情で語る。最初から真剣な目つきで熱く語るのではなく、最後に「自己主張」をしっかりと持ってくる事で、トーク全体がしまったものになり、見ている人や聞いている人に強い印象を残す。これは常に彼が人に何かを伝えたいと考えながら生きている証だと感じる。

若手選手は徹底的に研究すべき

彼のトークショーや出演した番組を見ていると、常に決まったキーワードがある。最近彼がよく口にしているのが「No Attack, No Chance(攻める事なくして、チャンスは無い)」という言葉。競争をしている者としてはごく当たり前の姿勢とも思える言葉だが、この言葉は最後まで諦めず、チャンスがそこにあれば、躊躇せずにアタックするという彼のレースに対する姿勢を表す言葉でもある。彼のこの姿勢は今に始まったことではなく、鈴鹿サーキットのレーシングスクール時代のインタビューを見ても、その時代から貫き通していることがわかる。そのアタックが失敗に終わる事もあるが、彼はその姿勢を貫き、自分の生き様として常にファンに見せ続けている。だからこそ、琢磨のレースはドキドキし、魅力的に映るのだ。

インディカーで来年も戦う佐藤琢磨 【写真提供:Honda】
インディカーで来年も戦う佐藤琢磨 【写真提供:Honda】

彼がトップカテゴリーでレースを長く続けている、F1を去った今も注目を浴びる(今年はベストドレッサー賞にも選ばれた!)、多くの熱狂的なファンを獲得できている理由は、自分を表すキーワードが明確だからではないかと感じるのだ。

これからF1、インディカーなど、トップカテゴリーでの活躍を目指す若手選手に聞きたい(ドライバーだけでなく、全てのアスリートにも)。自分を表すキーワードがあるか?それを常日頃から口にしているか?そのメッセージが誰かに伝わっている実感はあるか?

「頑張ります」「勝ちたいです」という言葉は誰もが思っていることであり、誰もが言えること。なかなか自分では見つけづらいものかもしれないが、自分のキーワードは自分で見つけ出し、自分で実行しなければならないし、さらに主張しなければならないと思う。そういう意味でも佐藤琢磨の言動や姿勢は若手アスリートにとって良い参考になるものだと思う。

景気も上向き、これからモータースポーツの世界もここ数年の低迷に比べたら環境は徐々に良くなってくるだろう。しかし、スポンサーなど支援してくれる人、応援してくれるファンはより厳しい目で選手を見る時代が来ている。これから、クラウドファウンディングなどで資金援助をもらい活動するのも当たり前になってくるだろうし、成績以上に人を見て支援する時代がやってきている。ドライバーやライダーを含めたアスリートが伝えるべきメッセージや姿勢はこれまで以上に重要な意味を持つようになってくるだろう。

ブログやSNSでの主張は今や一般の人でも当たり前の時代。ネットでどんな大胆なことを書こうとも、最後に評価されるのはその人からにじみ出る「人間力」。そんな時代だからこそ、先輩アスリート、佐藤琢磨から学ぶことは多いはずだ。ぜひ徹底的に彼の「人間力」を研究して、自分を見つめ直し、若手アスリートには頑張って活動してもらいたいと思っている。

【佐藤琢磨】

1977年1月28日。東京都出身のレーシングドライバー。

10歳の時にF1日本GPを鈴鹿サーキットで観戦。高校生時代は自転車競技の選手として活躍。その後、レーシングドライバーを志し、1997年に鈴鹿サーキットレーシングスクールフォーミュラ(SRS-F)でスカラシップを獲得。日本人初のイギリスF3チャンピオン、F3マカオGP優勝を経て、2002年に「ジョーダン」からF1デビュー。2004年にF1アメリカGPで3位表彰台。2010年より闘いの舞台をアメリカ「インディカーシリーズ」に移す。2011年に日本人初のポールポジション獲得。2013年にはロングビーチ戦で日本人初優勝。インディカーの他に、2012年からは国内トップフォーミュラの「スーパーフォーミュラ(旧フォーミュラニッポン)」にもスポット参戦している。公式サイト

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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