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F1に乗るために必要なスーパーライセンスの条項を読む。2016年からは大幅変更に。

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
F1オーストラリアGP表彰台【写真:PIRELLI】

既報の通り、F1を始めとする4輪モータースポーツを統括するFIA(国際自動車連盟)がF1ドライバーとしてレースに参加するためのライセンス「スーパーライセンス」について、来年2016年から取得のための条件を変更するとアナウンスした。取得の条件として、18歳以上、有効な自動車運転免許所持が義務付けられ、さらには下位カテゴリーでの実績をポイント制にして数値化し、現在よりも厳しい取得条件が求められることになる。

17歳のF1ドライバー、そしてペイドライバー

この変更の発端は史上最年少となる17歳のF1レギュラードライバー、マックス・フェルスタッペンの登場だ。F1デビュー時の年齢の低年齢化が進む中、16歳で「トロロッソ」との契約を発表したフェルスタッペンは2014年F1日本グランプリで金曜日のフリー走行のドライバーとして17歳でF1デビュー。いよいよ今年からは正ドライバーとしてF1を戦うことになる。

17歳のフェルスタッペン【写真:Red Bull GmbH and GEPA】
17歳のフェルスタッペン【写真:Red Bull GmbH and GEPA】

フォーミュラカーレースを僅か1年しか経験していない若者のF1デビューを危惧する声や批判もあがっていた。そこで、FIAは2016年からの「スーパーライセンス」の取得条件を変更。昨年12月にドーハで開催された「世界モータースポーツ評議会」で承認されることになった。フェルスタッペンは2015年の開幕戦オーストラリアGPで史上最年少出走記録(予選・決勝)を更新することになるが、18歳以上しかF1に参戦できなくなるため、その記録は永久のものとなる。

また、近年は下位カテゴリーでチャンピオン争いをしたわけではないのに、多額の資金を提供するスポンサーをチームに持ち込んでF1シートを獲得する、いわゆるペイドライバーの増加もファンの興味を削ぐ一員となっている。そこで実績のあるドライバーだけがF1に昇格できるように、下位カテゴリーの実績をポイント化し、スーパーライセンスの発給条件をより厳格にする。

FIAのレギュレーションを読んでみる

スーパーライセンスの発給条件は熱心なファンでも詳しく知らないものかもしれない。GP2などのF1直下のカテゴリーで王者に輝いたドライバーが取得できるのは当然だと知っていても、中にはキミ・ライコネンのようにフォーミュラルノーなどの入門カテゴリーから超飛び級のステップアップを果たしたドライバーも居るため、その条件はかなり曖昧な印象がある。

ただ、FIAの定めるレギュレーション(規定)には「スーパーライセンス」に関する条項が明文化されているので、良い機会だから見てみよう。

2015年末まで有効の「スーパーライセンス」取得資格に関する記述は、FIAの国際スポーティング規定L項に定められている。

スーパーライセンス取得の資格(日本語訳)

(1)ドライバーはFIA国際A級ライセンスを所持すること

(2)ドライバーは次の条件の内、少なくとも1つを満たすこと

a) 前年のF1で決勝を少なくとも5回以上出走、または過去3年間で15回以上出走

b) 過去にスーパーライセンスを所持した経験があり、前年にF1参戦チームのレギュラーテストドライバーをしていた

c) 過去2年間に

F2選手権/インターナショナルF3トロフィー/GP2シリーズ/GP2アジアシリーズ/スーパーフォーミュラ(フォーミュラニッポン)でランキング3位以内になった

d) 過去2年間に

インディカーシリーズでランキング4位以内になった

e) F3ユーロシリーズ/イギリスF3、イタリアF3、スペインF3、全日本F3/フォーミュラルノー3.5シリーズのチャンピオン獲得者(有効となるのはそのシリーズ年の最終戦から12ヶ月以内)

f) c)〜e)のカテゴリーで条件を満たしていないものの、単座席フォーミュラカーレースにおいて素晴らしい能力を見せたとFIAによって判断された。この場合、申請日までの90日以内に現在のF1車両を最低2日間、最低300kmの距離をレーシングスピードで走行し、テスト走行が行われた国のASN(自動車連盟)によって証明されたことを申請するF1チームは提示しなければならない

実はこういった条件が定められている。

2014年のF1新人ドライバーで言えば、ケビン・マグヌッセン(マクラーレン)は2013年にフォーミュラルノー3.5の王者となりe)で条件を満たしている。

しかし、ダニール・クビアト(トロロッソ)は2013年GP3の王者になったがが、条項ではGP3王者は取得条件に該当しない。マーカス・エリクソン(ケータハム)はGP2で2013年ランキング6位であり、c)の条件を満たしていない。最終戦だけ走ったウィル・スティーブンス(ケータハム)は2013年フォーミュラルノー3.5のランキング6位で条件に該当しない。つまりこの3人はf)の条件でスーパーライセンスが発給されたと考えられる。

f)の条件としてテスト走行の証明が必要になってくるため、シーズン途中や終了後に行われる若手ドライバーテストや合同テストで、F1チームに多額の資金を積んででもF1を300km以上ドライブし、スーパーライセンス発給のための条件を整えておくことは大事なのだ。

余談ではあるが、上記の条件でいくと、2014年のスーパーフォーミュラでランキング2位のJ.P.デ・オリベイラ、2014年の全日本F3選手権チャンピオンの松下信治はテスト走行無しにF1のスーパーライセンスが発給される資格を有することになる。

日本のスーパーフォーミュラでも現在は3位以内でスーパーライセンスが申請可能
日本のスーパーフォーミュラでも現在は3位以内でスーパーライセンスが申請可能

2016年からのポイント制は歓迎すべき?

2014年末に発表になったレギュレーションでは、最後に2016年から適用される「スーパーライセンス」の新しい取得条件についても記述がある。

2016年からの新条件

(1)ドライバーはFIA国際A級ライセンスを所持すること

(2)スーパーライセンス申請時に有効な自動車免許を所有すること

(3)最初に参加するF1レースの週末に18歳以上であること

(4)F1スポーティングレギュレーションの重要な項目に関する知識を問うテストを受けること。F1チームはドライバーにブリーフィングを行うこと

(5)下位カテゴリーのレースに少なくとも2年(シーズンの80%)参戦すること

将来のF2選手権/FIA WEC(LMP1クラス)/GP2シリーズ/インディカー/フォーミュラルノー3.5/GP3/スーパーフォーミュラ/インディライツ/F3ユーロシリーズ/F3国内選手権/FIA管轄のF4シリーズなど(抜粋)

(6)申請日までの180日以内にF1マシンで最低2日間、300kmのテスト走行を開催地のASNより証明されること

(7)前年のF1で決勝を少なくとも5回以上出走、または過去3年間で15回以上出走または、下位カテゴリーのポイント制度をもとに3年間で40ポイント以上を獲得すること

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単座席フォーミュラカーレースにおいて素晴らしい能力を見せたとFIAによって判断されたと記された非常に曖昧なf)の条項は撤廃され、このように厳しい条件に変更される。

ルーキードライバーにとって最もハードルが高いのが、3年間で40ポイントを獲得することが条件のポイント制の導入だ。すなわち、下位カテゴリーのチャンピオン争いにすら絡むことができなかったドライバーのF1裏口入学は事実上できなくなる。これまでのGP2やスーパーフォーミュラなどのランキング3位以内で満たされていた条件が撤廃されるため、1年で直下カテゴリーを卒業してステップアップするためにはGP2でランキング2位以内になるか、ユーロF3、インディカー、WECでチャンピオンになるしかない。経験豊富なドライバーが集うインディカーやWECなどでルーキーがチャンピオンになるのは現実的には相当困難である。

また、カテゴリーによるポイントに差があることも物議を醸し出している。GP2と同格に位置するはずのフォーミュラルノー3.5ではチャンピオンになってもスーパーライセンス発給の条件が満たされない(過去2年の獲得ポイント次第)。そのため、主宰するルノーはおかんむりだ。また、現在は存在しないFIA主導のF2選手権が最も高いポイントを獲得できるようになっていることも、FIAが将来的なF2選手権の復活を狙っていると考えられる。

そして、国内のスーパーフォーミュラはGP2に近いカテゴリーであるにも関わらず、チャンピオンの獲得ポイントはわずか20ポイント。全日本F3選手権でチャンピオンを獲得し、翌年スーパーフォーミュラでルーキーながらチャンピオンを獲るスーパールーキードライバーが現れても、スーパーライセンスは発給されない=F1には昇格できない。新規定では日本国内のレースからF1ドライバーを輩出するのは相当難しくなる。

ホンダの日本人F1ドライバー最有力は松下!? 【写真:MOBILITYLAND】
ホンダの日本人F1ドライバー最有力は松下!? 【写真:MOBILITYLAND】

2015年からF1に復帰するホンダには次なる日本人F1ドライバーの登場が期待されている。そんなホンダにとって、新規定はドライバー育成に困難な条件だ。というのもポイント制度がこのまま推し進められるとしたら、2016年にF1デビューできる日本人ドライバーは非常に限られてくる。

伊沢拓也は所有点数2点、2015年にGP2でランキング2位以上になる必要がある。山本尚貴は所有点数20点、2015年のスーパーフォーミュラに参戦するならチャンピオン獲得が絶対条件になる。F3王者の松下信治は所有点数11点で、スーパーフォーミュラでチャンピオンになっても条件が満たせず、GP2に参戦したとしてもランキング3位以内にならなければならない高いハードルだ。

2014年の全日本F3チャンピオンで現行の規定でスーパーライセンス発給条件を満たしている松下信治をF3チャンピオン獲得から12ヶ月以内の10月12日までに「スーパーライセンス」を取得させてF1デビューさせるのが、新たな日本人F1ドライバー誕生の最も現実的な近道といえなくもない。

実力あるものだけがF1に乗れる。ファンにとっては分かりやすく、歓迎すべきものかもしれないが、少々厳しすぎやしないかという新規定である。

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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