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初のインドネシア人F1ドライバーが誕生。現地の日本人に聞くインドネシアのF1事情。

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
インドネシア人のハリヤント(右)とホンダ育成ドライバーの松下【写真:GP2】

最後のF1シートを掴んだのはインドネシア人

2016年のF1シーズン開幕に向け、いよいよテスト走行が始まろうとしているタイミングで、最後まで誰がシートを獲得するか注目が集まっていた「マノー」の2人目。発表されたのは23歳のインドネシア人、リオ・ハリヤントだった。

今季よりメルセデスのパワーユニット供給を受ける英国拠点のF1チーム「マノー(前マノー・マルーシャ)」は一人目のドライバーとして、メルセデスの秘蔵っ子と言われるパスカル・ウェーレイン(ドイツ)の起用を既に発表。そこにはDTM(ドイツツーリングカー選手権)のチャンピオンでもあるウェーレインを早くF1にデビューさせたい「メルセデス」の思惑があった。そして、さながら「メルセデス」のジュニアチーム状態になる「マノー」の残る1つのシートを巡ってはアレクサンダー・ロッシ(アメリカ)、ウィル・スティーブンス(イギリス)とハリヤントが持参金の準備で激しく競争していたと報道されていた。

リオ・ハリヤントはインドネシア出身。F1直下の「GP2」を4年戦い、2015年は3勝をあげ、シリーズランキング4位を獲得している。

2015年GP2王者のバンドーンを従えて首位走行のハリヤント【写真:GP2】
2015年GP2王者のバンドーンを従えて首位走行のハリヤント【写真:GP2】

インドネシア待望のF1ドライバー誕生

経済成長著しい国、インドネシア。近年、多くの日本企業が進出し、インドネシアの高速鉄道建設を巡って日本と中国が権利を争ったことも記憶に新しい。人口が2億3000万人を超え、世界4位となっているインドネシアの可能性にかけようと世界中の企業がビジネスチャンスを必死に探しているわけだから、資金力からインドネシア人F1ドライバーが誕生する日は時間の問題と見られていた。

セントゥールサーキット
セントゥールサーキット

そんなインドネシアのモータースポーツ事情を少し見ていこう。インドネシアでは現在、F1を開催できるサーキットは存在しない。国内唯一の大型サーキットは首都ジャカルタから60kmほど離れたボゴールにある「セントゥール・サーキット」(1周約4km)。かつては90年代にロードレース世界選手権(WGP)のインドネシアGPが開催された国際サーキットであるが、元々はF1開催を目指して建設されていた。しかし、90年代後半のアジア金融危機の影響でF1開催計画は頓挫した。それ以降、サーキットは施設整備がほとんど行われていない状態で、現在はロードレース・アジア選手権やローカルレースが開催されるのみとなっている。

サーキット内にはモータースポーツのミュージアムがある。3年前に訪れた時は、モータースポーツの骨董品的な旧車や古いバイクが雑多に並べれた味のあるミュージアムだった。中でも目を引いたのは、クラッシュしたフォーミュラカーの壊れたパーツの展示だ。

ミュージアムに展示された壊れたF3000パーツの展示
ミュージアムに展示された壊れたF3000パーツの展示

これらは90年代から2000年代にかけて現在のGP2にあたる国際F3000に参戦したインドネシア人、アナンダ・ミコラの破損パーツ。世界中さまざまなモータースポーツ関連ミュージアムはあれど、クラッシュしたマシンのパーツをそのまま展示する博物館は非常にカルチャーショックを受けた。

逆に考えると、それくらいインドネシアのモータースポーツ関係者は世界選手権であるF1に憧れ、ミコラの奮闘の証を訪問者に見せたかったということか。文化的レベルは決して高いとは言えないが、インドネシアにとって当時、F1は非常に遠い存在だったということだろう。そういう意味ではハリヤントはまさに待望のF1ドライバーなのだ。

実はあまりメジャーではないF1

インドネシア初のF1ドライバー誕生に、かつての日本のようなF1ブームが巻き起こりはじめているのかと想像するが、実情は違うようだ。ジャカルタ在住のビジネスマン、福田氏にインドネシアのF1事情を聞いてみた。

福田氏によれば「インドネシアでF1はそれほどメジャーではありません。この国の人気スポーツはサッカーとMotoGP(ロードレース世界選手権)。MotoGPは週明けに会社の人とレースについて話ができるくらい人気です。ただ、F1というとマニアな人が見ている程度ですかね」とのこと。やはりバイクの売れ行きが好調で、若者の割合が多いインドネシアらしく、身近なバイクのモータースポーツ、MotoGPに比べてF1はまだ知名度が低いようだ。

セントゥールサーキットのショートコースはバイクの走行会で大賑わいだった(13年)
セントゥールサーキットのショートコースはバイクの走行会で大賑わいだった(13年)

とはいえ、3年前にジャカルタを訪問した時、中心部の高級ショッピングモールでは超高級セダンやスーパーカーで乗り付けて買い物を楽しむ、庶民とはかけ離れたセレブ生活を送る人の姿も多数見られた。メルセデスにとってインドネシア人F1ドライバーの起用がセールスにつながることを見越してのものなのだろうか聞いてみると。

「その可能性は低いと思います。近年、高級な外国車が増えた印象はありません。中間層の人たちは確実に増え続けていますが、この国は高級外国車を買える人がまだそれほど多いわけではありません」と福田氏は語る。プロモーション効果を狙っての起用ではなさそうだ。

ハリヤントは全戦走れるのか?

リオ・ハリヤントのメインスポンサーは「PERTAMINA(プルタミナ)」。石油や天然ガス関連のインドネシアの国有会社である。

プルタミナはハリヤントのために500万ユーロ(約6億3000万円)を支援したとのことだが、ハリヤントはGP2時代からインドネシア政府のスポーツ省によるスポーツを通じた観光誘致キャンペーンによる支援を受けているが、その資金だけではF1のシート獲得は難しく、彼をF1に押し上げるためのファンドが作られ、資金調達を行っているとのこと。福田氏はその事情をこう解説する。

「先ほども説明した通り、この国でメジャーなのはMotoGP。バイクなら資金を集めやすいと思いますが、F1、クルマのレースとなるとなかなか支援者の理解が得られるのは難しい。ましてやハルヤント(=ハリヤントの現地発音)は若くしてヨーロッパに行ったので国内で知られる存在になったのはここ数年のことですから。今のところ全戦参戦は難しいのではとも言われています」

リオ・ハリヤント 【写真:GP2】
リオ・ハリヤント 【写真:GP2】

インドネシアで人気のMotoGP開催を巡っては、セントゥール・サーキットを改修しての開催が検討されていたが、現在は計画がすったもんだで進んでいない状況。セントゥールはスハルト元大統領の息子、トミー・スハルトが作ったサーキットであるためジョコ・ウィドド大統領の現政権がセントゥール・サーキットを快く思っていない節がある。そのため、なかなか計画が進まないとも言われている。ジャカルタ市内に国際サーキットを建設する噂もあるそうだが、「F1インドネシアGPの開催はまだ現実的ではない」と福田氏。中国が権利を獲得した高速鉄道建設計画がうまく進んでいないことから、現政権は国内から批判を浴びており、政治的な駆け引きがまだまだインドネシアのモータースポーツに影響を与えそうだ。

タイのプリンス・ビラ、マレーシアのアレックス・ユーンに続き、東南アジア3人目のF1ドライバーとしてデビューを飾ることになるリオ・ハリヤント。実力はGP2で証明されているドライバーだけにヨーロッパと東南アジアをまたにかけたマネーゲームに翻弄されないことを祈りたいものだ。

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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