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いったい、「誰得?」の就活時期繰り下げ論 これで何がうまれるのか?

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

2013年4月に安倍首相が経済団体首脳に要望し、彼らが容認する姿勢を見せたことで決定的になった大学生の「就職活動時期の繰り下げ」問題。2016年卒から就職活動の時期が大学3年生の3月に採用広報活動が始まり、大学4年生の夏に選考を行うことが既定路線になりつつある。

この問題については、様々なコラムで実効性などについて疑問を投げかけてきた。

「就活の時期を遅らせよう」では学生も企業も救われない

「“就活4年生解禁”経団連が政府要請受諾」の茶番 偉い人たちよ、不毛な時期論争はさっさとやめなさい

就活の改善に本当に必要なこと~時期の見直し論繰り返す不毛~

就活後ろ倒しで就活はむしろ長期化する

就活後ろ倒し?どうなる、2015年の就活

できるだけ論点がかぶらないように、本日はHR総合調査研究所が行った調査データなどをもとに、企業、大学、学生はどう受け止めたかを紹介しつつ、彼らのコメントを紹介しよう。

これは賛否両論の論争ではない。明らかに批判・疑問だらけの状態となっている。

さらに、この問題は、安倍政権が行う他の若年層雇用対策と合わせて議論しなければならないのだが、結論として言うなら、それを考えてもますます「後ろ倒しする意味はあるのか?」とクビをかしげてしまうのだ。

■学生の半分は現状のスケジュールを支持している

まず、このたびHR総合調査研究所がおこなった調査対象、方法などをご紹介しよう。

【企業向け調査】

調査主体 : HR総合調査研究所(HRプロ株式会社)

調査対象および手段 : 上場企業・未上場企業の採用担当者に対するwebアンケート

調査期間/有効回答数:2013年4月19日~5月1日/436社

【学生向け調査】

調査主体 : 楽天株式会社(みんなの就職活動日記)/企画協力 : HR総合調査研究所(HRプロ株式会社)

調査対象・手段 : 就職活動中の大学生、大学院生に対するWebアンケート

調査期間/有効回答数:2013年4月22日~5月1日/2,678名

【大学向け調査】

調査主体 : HR総合調査研究所(HRプロ株式会社)

調査対象・手段: 全国公私立大学のキャリアセンター・就職部宛の郵送アンケートをFAX回収

調査期間 : 2013年3月18日~4月30日回収分

有効回答数 : 286大学+別途77名の方からの回答

なお、この調査は一部を朝日新聞が取り上げたので、見たことがある方もいらっしゃるだろう。あらかじめ触れておく。

まず、就職活動の時期について、企業、大学、学生がどう捉えているかをご紹介する。

【採用活動の時期について】

採用活動の時期について
採用活動の時期について

企業:現状支持が約4割

今より早い方がよい 12%

現状がよい 37%

政府提言の通りに遅らせた方がよい 25%

統一スケジュールはなくてよい 15%

その他 10%

大学:政府案支持が約4割だが、約3割は現状支持

今より早い方がよい 4%

現状がよい 30%

政府提言の通りに遅らせた方がよい 38%

統一スケジュールはなくてよい 6%

その他 22%

文系学生:約5割が現状支持

今より早い方がよい 15%

現状がよい 54%

政府提言の通りに遅らせた方がよい 17%

統一スケジュールはなくてよい 10%

その他 3%

理系学生:やはり約5割が現状支持

今より早い方がよい 18%

現状がよい 55%

政府提言の通りに遅らせた方がよい 13%

統一スケジュールはなくてよい 9%

その他 5%

このように、企業、大学ではそれぞれ賛否はわかれたが、学生の半数以上が現状スケジュールを支持していることがわかる。

■誰も「学生は学業に専念する」と思っていない

次に「学生は学業に専念するのか」どうかに関する問いである。この答は実にわかりやすかった。

【学業に専念するか】

学業に専念するか
学業に専念するか

企業:約7割が学業に専念するとは思わず

専念すると思う 19%

専念するとは思わない 74%

その他 6%

大学:5割が学業に専念するとは思わず

専念すると思う 29%

専念するとは思わない 53%

その他 18%

文系学生:約7割が学業に専念するとは思わず

専念すると思う 22%

専念するとは思わない 76%

その他 2%

理系学生:約8割が学業に専念するとは思わず

専念すると思う 18%

専念するとは思わない 79%

その他 4%

みんなが勉強するとは思っていないというわかりやすい結果になった。もっとも割合が低い、大学からの回答ですら5割の方が学業に専念しないと答えている。

これは時期の問題ではなく、いかに学んでもらうかという大学側の取り組みの問題ではないだろうか。

==■海外留学は増えない==

次に海外留学についてである。今回の就活後ろ倒しにより留学が増えることが期待されているが、実際はどうなのだろうか。

【海外留学は増えるか】

海外留学は増えるか
海外留学は増えるか

企業:約6割が増えるとは思わない

増えると思う 25%

増えるとは思わない 65%

その他 10%

大学:約5割が増えるとは思わない

増えると思う 31%

増えるとは思わない 55%

その他 14%

文系学生:約4割が増えると回答

増えると思う 38%

増えるとは思わない 58%

その他 4%

理系学生:約7割が増えないと回答

増えると思う 21%

増えるとは思わない 74%

その他 5%

文系学生以外は「留学が増えない」という回答が多くなった。そもそも留学するかどうかというのは、経済的要因、志向、海外に関心をモテるかどうかなどの差が大きいのではないか。時期以外の問題なのではないか。

==■中小企業の採用は困難に、未内定者は増え、倫理憲章は守られない==

やや端折るが、他の回答も興味深い。

【中小企業の採用について】

中小企業の採用について
中小企業の採用について

まず、今回の改革で中小企業の採用がより困難になるのではないかと懸念されている。実際、企業は62%、大学は55%が、中小企業に目を向ける機会が減少すると答えている。

【未内定者の増加について】

未内定者の増加について
未内定者の増加について

また、企業の約53%、大学の45%は未内定者が増えると予想している。

【倫理憲章について】

倫理憲章について
倫理憲章について

さらに、あらゆる企業規模において、倫理憲章が守られると答えた企業は1割以下だ。外資系企業やベンチャー企業は守らないのではないかという懸念も明確である。

予想していたとおり、就活とは違う部分での接点を増やす動きや、なんらかのかたちでフライングするという声も多数だった。

意味があるのだろうか?

==■就活時期繰下げに意味はあるのか?==

いきなりカジュアルな表現になって恐縮だが、今回の件、データを読む限り、結局、「誰得?」という話になってしまう。

これが話題になったときから私はクビをかしげていたのだが、人気取りとしては有効でも、本当に有効なのかという点では大いに疑問なのである。みんな、バカではない。これがいかに茶番かと気づいているのだ。

ここで大事な論点がある。メディアでは就活時期繰下げだけが話題になったのだが、実は安倍政権が考えている若年層の雇用対策、特に大学生に対する雇用対策はこれだけではない。あまり話題にならないが、中堅・中小企業へのインターンシップの強化、これらの企業への斡旋の強化、キャリア教育の強化、若者を育成する企業を応援する施策などなどの施策を強化している。

これらの点ももっと注目するべきである。ただ、これもまた従来型の「中堅・中小企業にとりあえず若者を押し込む」型の雇用支援にしか見えないのだが。

これらの策と就活時期の繰り下げがどう連動するのか。より丁寧に説明するべきだろう(なんとなくはわからなくはないが)。「なぜ時期の繰り下げを行う意味はあるのか?」「時期の変更後にどんな世界をつくりたいのか」これについてより明確な答が必要となるだろう。別に時期の繰り下げをしなくても、いいのではないかとすら思ってしまう。

いま、大学関係者の間で起きているのは不信感の連鎖である。大学教職員の集まりでも、「後ろ倒しをしたら、学事スケジュールがどうなのるか」「理系の研究が阻害されるのでは?」さらには「そもそも、本当にやるのか?結局、6月くらいに内定を出すのでは?ルール破りが増すという意味でも昔に戻るのでは?」という声が出ている。しかも、大学教授、キャリアセンター職員だけでなく、有名私学の学長クラスからもである。

企業から選ばれる大学とそうではない大学との格差、さらには学生間の格差も拡大するだろう(さきほどあげたような支援策で解決しようということなのだろうが)。実はこれが改革の真の狙いではないのかとも思うのだが、気をつけなければ学生のレベルよりも、大学のラベルが重視される世界になりかねない。

後ろ倒しにしたところで、肝心の大学や企業が、何より学生が変わらなければ何にもならない。いや、社会にとって得するものにならなければ意味がない。

大いなる茶番劇にならないように、この動きをもっと我々は監視するべきである。

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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