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店員に理不尽な説教をされて考えたこと ブラック企業とモンスター消費者問題 お客様は神様か?

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家
ブラック企業VSモンスター消費者

家電量販店で店員に逆ギレされてしまったが、怒る気になれなかった件

「あの・・・。すみません、他の方に代わって頂けますか?」

私は怒りと戸惑いを押し殺しつつ、こう言った。1月下旬、都内の家電量販店での出来事だ。店内にいた、他の店員に手をあげ接客をかわってもらった。普通に穏やかに質問をしたら、なぜか逆ギレされ、説教されたからだ。キレてもいいところだ。しかし、彼らの働く環境のことを考え、ここは怒っちゃダメだと思ったのだ。日本の職場の課題が凝縮されていると考えたからだ。

こういう話だ。先日、書斎の複合機を買い換えた。6年間使ったのと、スキャナの調子が悪くなったからだ。検討するために、家電量販店に行った。やっぱり商品は見て確かめなくてはと思ったからだ。

個人的にマストな機能は、複数原稿の連続スキャンなどができることだった。オートフィーダー付きか、1枚1枚スキャンして「次の原稿がありますか?」と確認してくれるなど、複数の原稿を1枚のファイルにできる機能を求めていた。

私は若い店員(雇用形態はわからない)にこう語りかけた。

「これ、複数の原稿をスキャンして1つのファイルにすることってできますか?ほら、“次の原稿はありますか?”みたいな表示がでる機種ってあるじゃないですか。」

個人的にはごく普通の質問をしたつもりだったのだが、若い店員はなかなか答えてくれない。一応、調べてくれたのだが。しかも、明らかに咬み合っていない返事で説教をされた。

「あなたは、クルマが180キロ出せるとして、制限速度60キロの道を、100キロ出して走りますか?決められたことを超えると、何か事故が怒るのですよ!あなたの求めている機能とはそういうことですよ!」

・・・あの、私、普通に、ありそうな機能のことを聞いただけなのだけど。

というわけで、接客をかわって頂いた。落ち着いた方で、明らかに接客態度はよくなったが、とはいえ私の質問には即答できず、カタログを参照したうえでも答えられず、その場でメーカーのコールセンターに電話をしていた。電源を入れて簡単な設定をして実験をしてくれてもよかったのだが。

しかし、この一連の出来事について、不思議と怒る気にはならなかった。いや、私は武闘派だし、ここ数年、平成の三島由紀夫を目指し肉体改造に取り組んでいて、身体も眼光も清原並みだとよく言われるので、威圧することも簡単ではあった。「若き老害」としてはキレ、説教をするとことだと思ったのだが。とはいえ、これは日本の労働社会の縮図だよなと思い、むしろ若い店員にも、かわって頂いた店員にも同情してしまったのだ。

採用難、離職率、商品の高度化?

データをいくつか確認することにする。家電量販店に絞ったデータではないが、小売業における採用は簡単ではないし、離職率も平均よりはやや高いのだ。

リクルートワークス研究所が毎年発表している「大卒求人倍率調査」の2016年度版(つまり、現在の大学4年生に関するもの)を見てみよう。この年度の大学生全体の求人倍率は1.73倍(前年1.61倍より+0.12ポイント上昇)だった。

流通業は5.65倍で前年より0.16ポイント上昇している。。求人総数28万人(前年度よりも1.5万人の増加。+5.6%)に対して、就職希望者数49,600人(同1,300人増加、+2.7%)となっている。建設業の6.18倍につぐ水準になっており、製造業の1.73倍、金融業の0.23倍、サービス・情報業の0.56倍などと比較しても「売り手市場」の業界だと言える。

もっとも、この調査は毎年、就活スタート前に調べるものであり、実際には学生は流通業に進んでいる。文部科学省の「学校基本調査」の平成27年度版(確定版)を見ると、平成27年3月卒の大卒者のうち、就職者409,759人のうち68,024人(就職者の16.6%)が「卸売業,小売業」に進んでいる。

厚生労働省の「新規学卒就職者の在職期間別離職率の推移」をみると、平成24年3月卒の大卒者の3年以内離職率は32.4%だが、小売業は38.5%と全体の数字よりも6.1ポイント高い数字を示している。

前述した通り、これは家電量販店に絞った数字ではないし、この業界にブラック企業が多いと断定するわけでもないが(ブラック企業大賞にノミネートした企業もあるのだが)、データを見る限り、採用に苦戦をしている上、離職率も相対的に高いということがわかる。つまり、人材の獲得に困っている業界だということが想定される。

個人的に同情してしまうのは、仕事内容だ。これは別に家電量販店が悪いわけではなく、世の中の変化なのだが、商品の数が増えているので常に商品知識を増やしていかなくてはならない。PC関連商品やデジタル家電などは機能も増えているし、中には諸々、設定が必要な商品だってある。私が買った無線LANで接続する複合機などはその典型だろう。パソコンやネットワークとの相性もあるがゆえに、店員もコールセンターも即答はできない。

人口の構成をみると、中高年が増えていることは明らかであり(これらの層=情弱だとは思わないが)、商品が難しくなっている上に手厚いサポートが必要となる。インバウンド観光客も増えており、彼らへの対応だってしなくてはならない。そんな中、消費者の要求も高く(これは当然といえば当然なのだが)、このように接客のトラブルが起こってしまう。これが日本の売り場の縮図である。気づけば、商品知識が追いついていない店員にモンスター消費者が噛みつくという修羅場になっているわけだ。

しかも、一生懸命接客したところで、結果として私がそうだったように、客はネットにとられていく。通販サイトのアプリはバーコードスキャン機能まで実装している。売り場で見て、触って、その場で買うかネットで買うかを判断される。売り場は、見返りのないショールームと化す。

というわけで、私に起きた一事例ではあるが、店員の接客が少し(いや、かなり)悪かったところで、ぶちきれるわけにもいかない。構造的な問題を抱えているわけだ。

結局、その家電量販店では買わずオートフィーダー付きの複合機をAmazonで購入した。オートフィーダー付きは最近、減っているようで、あえて少し前の機種を購入した。しかし、プリンタは使えるものの、無線LAN経由でのスキャナの設定が上手くいかず、なんどもオンライン窓口に相談したが、解決されなかった(誠心誠意の対応をしてくれたのだが、ダメだった)。しばらくは複合機にUSBメモリをさすか、スマホやタブレットのアプリ経由でスキャンすることにした(こちらは使える)。置き場所の関係で、パソコンとUSBケーブルで接続できないからだ。近いうちに、SEをしている弟(そう、私には真面目な会社員をしている弟がいるのだ)に来てもらって設定してもらうことにした。

最後の方は個人的エピソードになってしまったが、家電量販店自体が人材の採用、定着の難易度が高いこと(小売業のデータからの推測ではあるが)、業務内容の高度化が進んでいることが想定されるのだ(もっとも、全部がネットになるわけではないし、商品知識を使って、最先端の家電を売るというのは意義のある仕事だと思うのだが)。

『ブラック企業VSモンスター消費者』という構図

こんな出来事があったので、以前、頂いていた『ブラック企業VSモンスター消費者』(今野晴貴・坂倉昇平 ポプラ社)を読んでみた。頂いた時にパラパラと読んだだけで、ちゃんとは読めていなかったのだ。

労働と消費の関係について考えた。消費や消費者の変化がブラック企業を生み出しているのではないか、と。私がトラブルに遭遇した家電量販店などは良いものを安く求める消費者がいるうえ、商品がどんどん高度化していくのだから、働く人はたまったものではない(そこにやりがいを感じる人ももちろんいるのだけど)。労働者は消費者、生活者でもあるのだ。気づけ消費者モードの労働者が、企業に牙をむく、つまり他の労働者に牙を向く社会になっている。消費者の過剰な要求が、他の労働者の過剰なサービス、厳しい労働を作っていく。クレームなどを入れたところで、それは企業にとっては退職勧奨の材料となってしまったりもする。

なお、個人的にツボだったのだが(有名なエピソードのようだが、私は知らなかった たぶん他のネットニュース、ブログにも紹介されているだろうが、私はこの本で知った)、三波春夫の「お客様は神様です」という言葉の真意である。この言葉は、企業においてお客様に接する上での姿勢としてよく使われているのだが、完全に誤解されているようなのだ。実はご本人のHPにも釈明の文章が出ている。

三波春夫といえば『お客様は神様です』というフレーズがすぐに思い浮かぶ方が少なくないようです。印象強くご記憶頂いていることを有り難く存じます。

ですが、このフレーズについては、三波本人の真意とは違う意味に捉えられたり使われたりしていることが多くございますので、ここにちょっとお伝えさせて頂きます。

三波春夫にとっての「お客様」とは、聴衆・オーディエンスのことです。客席にいらっしゃるお客様とステージに立つ演者、という形の中から生まれたフレーズなのです。

三波が言う「お客様」は、商店や飲食店などのお客様のことではないのですし、また、営業先のクライアントのことでもありません。

しかし、このフレーズが真意と離れて使われる時には、例えば買い物客が「お金を払う客なんだからもっと丁寧にしなさいよ。お客様は神様でしょ?」と、いう風になるようです。そして、店員さんは「お客様は神様です、って言うからって、お客は何をしたって良いっていうんですか?」という具合。俗に言う“クレーマー”には恰好の言いわけ、言い分になってしまっているようです。

このフレーズへの誤解は三波春夫の生前から有り、本来の意味するところについてを、本人がインタビュ ー取材の折などに尋ねられることも多くあり、その折は次のように話しておりました。

『歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払って澄み切った心にならなければ完璧な藝をお見せすることはできないと思っております。ですから、お客様を神様とみて、歌を唄うのです。また、演者にとってお客様を歓ばせるということは絶対条件です。だからお客様は絶対者、神様なのです』

出典:三波春夫オフィシャルサイト

もちろん、消費者のニーズにより商品・サービスは洗練されていく。消費者は声を上げることは大事だ。それは間違いない。ただ、その人の働く環境、どこまで要求していいものかは一歩立ち止まって考えたい。自分がブラック企業を作っていないか、考える必要があるのだ。

まあ、でも、あの噛み合わない説教を始める店員は、ないと思うけどね。こういうことを記事に書く私も、モンスター消費者なんだろうか。いや、問題提起として読んでほしい。

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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