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この春、左遷されたアナタへ 人事異動シーズンの面白がり方

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家
春だからこそ読みたい『左遷論』(楠木新 中公新書)

人事異動シーズンだ。サラリーマンにとって、一喜一憂するシーズンである。人事ネタは茶飲み話の話題にも、酒の肴にもピッタリだ。昨日、会食でご一緒した会社の方々はちょうど内示の日だったらしく、人事話は盛り上がりを見せていた。

私のように、社畜から家畜に転じた元サラリーマンにとっても、古巣の人事話はそれなりに気になる。企業のサイトや日経で人事情報をチェックしたりする。今年は、先輩や友人の出世話、古巣での同世代の抜擢が多数あり、元気が出た。高校、大学、会社とずっと落ちこぼれで生きてきて、自分の存在が何なのかさえわからず震えている身としては、友人・知人の出世に勇気をもらうのである。

もっとも、人事異動シーズンというのは、このように人の出世から元気や勇気をもらうというような美しい話だけではない。「こいつが偉くなってしまったのか」とか、「この人、飛ばされちゃたな」と思う瞬間だってある。同期や後輩の出世に嫉妬することも。さらには、自分自身に「左遷か・・・?」と思うような人事異動が襲ってくることも。

私と同世代の中年たちはUNICORNの「大迷惑」を歌いたくなることだってあるに違いない。知っている人も知らない人も、この曲を探し歌詞を味わって欲しい。そこにはサラリーマンの悲哀が描かれている。テンポの良い演奏に合わせて、せっかく結婚し、マイホームも購入し、家族で幸せな生活を送っているのに、単身赴任が決まってしまった社員の衝撃が歌われている。まさに「大迷惑」だ。まあ、今どき結婚、マイホームということ自体、羨ましく感じ、バブル期の曲だったのだなと思ったりするのだけど。

人事異動は経営からのメッセージでもある。誰が昇進・昇格するかによって、経営の方向性や、今後強化する分野がわかったりもする。若手、エースなどの抜擢により「ウチの会社、捨てたもんじゃないな」と思ったり、嫌われ者が出世して「やっぱりウチの会社、終わっている」と思ったりもする。

そんな人事異動シーズンにピッタリの本と出会った。『左遷論』(楠木新 中公新書)である。サラリーマンにとって、たまらない本である。「左遷」という刺激的なタイトルではあるが、それをテーマにしつつも、人事異動のメカニズムや、会社との付き合い方、会社員生活を楽しく過ごすための秘訣が分かる本である。楠木新氏は説明不要だと思うが、会社員に光を当てた秀逸な書籍を多数発表している方である。

本書でも触れられているように、「左遷」というのは取り扱いづらい問題ではある。「左遷」は学術的に研究されてきたわけではない。この言葉自体には、単なる昇降格ではないニュアンスも含まれている。もちろん、問題を起こした社員の異動などは存在するのだが、中には左遷かどうかわからない人事もある。例えば、関連会社への出向だ。片道キップかとおもいきや、実は将来の経営幹部にするべく武者修行の意味も込められていたりする。

この本の面白さは、日本的雇用、日本的経営の理論と、サラリーマンの現場で起こっている、いわば「あるある話」に上手く橋渡しをしていることである。話が拡散していると感じる人もいるかもしれないが、ドラマ『半沢直樹』や、菅原道真、池上彰などの事例を具体的に出しつつ、キャッチーな話と深い話をいったり来たりしつつ、日本の会社の風物詩である「人事異動」に向き合っている点について好感が持てる。

もともと私が「左遷」に関して抱いていた想いと近く、「左遷」かどうかは時を経てみないとわからないわけで。する側、される側の両方、あるいはいずれかが「左遷」だと思っていても、ピンチはチャンスというわけで、後の成果につなげることだってできるわけで。さらには、左遷を好機と捉え、会社「だけ」に依存しない人に変身することだって可能だろう。

私もサラリーマン時代に「これって左遷じゃないか?」という人事を何度か経験したことがある。ただ、振り返るとその「左遷」時代の経験で今、食べていると感じる。冷や飯もチャーハンや雑炊にするという発想を持てば、なかなかいけるのだ。

まったくの余談だが、この本のあとがきで、以前、『中央公論』に寄稿する機会を2度ほど頂いた編集者の名前を見て、元気が出た次第だ。いや、彼の異動を左遷だったと思いたくはないし、『中央公論』のあと、どの部署に異動したのかも忘れてしまっていたが。人生は長いということを再認識した次第だ。面白い本と再会に感謝。あの寄稿の機会、そして厳しくダメ出しをして頂いたことで、私は成長することができた。・・・また『中央公論』で書く機会とか来ないかな。あの頃は期待されていたんだな。

とはいえ、この本を820円+税で売る中央公論新社は世の中をどこまでデフレ化させるのだと、苦言を呈したくもなった。2000円以上で単行本として出してもよかったのではないか。読売グループとして、日本の言論界をどうしたいのか。姿勢を問いただしたい。抗議の意味も含め、私は何冊か購入し、友人・知人に配ることにした。

生きていれば春がくる。人事異動で一喜一憂するシーズンだが、人生は長いし、物事は多様な視点で見るべきだ。この本を開きながら、人事異動シーズンを面白がろう。

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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