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大人男子たちが弱音を吐ける場、待望論 『男が働かない、いいじゃないか!』

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家
札幌市男女共同参画センターのトイレにはこんなポスターが

札幌市の男女共同参画センターで講演した。男性限定、20名限定のイベントである。「これからの男子の生き方・働き方」がテーマだった。働き方や家族のあり方、人生の選択肢について情報交換を行うイベントだ。

これが超絶良企画、良イベントだった。

イベントのレポートをしつつ、また「男性学」で知られる武蔵大学田中俊之先生の最新作『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社+α新書)をもとにしつつ、男子の生きづらさについて考えることにしよう。

地元札幌でのこのイベントで、私は基調講演を担当した。昨年リリースした『エヴァンゲリオン化する社会』(日本経済新聞出版社)をテーマに講演してほしいという依頼だった。この本は、『新世紀エヴァンゲリオン』が放送開始になった1995年と、劇中で使徒が第3新東京市を襲撃した2015年をつなぎつつ、日本の労働問題について論じる本だった。中ニ病的にPVまで作ったが、まったく話題にならなかった。労働市場に使徒のように迫りくる変化、か弱い主人公と言われつつも「逃げちゃダメだ。」とつぶやきつつもひたすら戦いに巻き込まれていくブラック企業の社員のような碇シンジ、女性の活躍といいつつひたすら働かされる綾波レイや惣流・アスカ・ラングレー、葛城ミサト、赤城リカ・・・。やや無理あるとご批判を頂きつつも、自分にとって大きなチャレンジだったと思う。アニメを見たことがない人にも分かるように前提から説明したが、参加者は前のめりで聞いてくれていた。

私の講演はともかく、いい感じだったのが札幌市民の男性3名による講演だ。ライフヒストリーの共有、若い参加者へのアドバイスがいちいち等身大でいい感じだった。個人的にも仕事と家庭の両立の話が参考になった。この手のことは聞きたくても聞けないものなのだ。

イベント全体があたたかい空気に満ちていた。

男女共同参画センターで配布されたクリアファイル
男女共同参画センターで配布されたクリアファイル

トイレで見かけた男女共同参画センターのポスター、そして配られたクリアファイルが泣けた。そう、みんな、男らしさ、女らしさなるもので悩んでいる。男性の立場からすると特に「男らしさ」というものが面倒くさい。

未だに大御所が亡くなるたびに「昭和が終わったように感じる」などと言う。ここ数年でいうと、高倉健や菅原文太が亡くなった時がそうだった。逆に言うと、この手の表現が使われるということは、私たちはどこかで昭和を引きずっているのではないかと思う。もう平成も28年で、戦後71年なのだが、私たちは未だに昭和を引きずっている。この昭和的男らしさの呪縛と戦っているのが私たち40男である。平成的な男らしさも模索はされているのだが。

気づけば「男」を取り巻く環境も前提が崩れ始めている。どうやら今年は「下流中年」という言葉が流行語になりそうだ。中年男子は一人前に働き、家庭を支えているなんていう昭和の像をいつまで追うのか。そして、マッチョな男性像が描かれ、男性並みの活躍が求められると女性の活躍に関する議論もおかしくなってしまう(もっとも、男性並みと言わずにそれ以上に活躍するという選択肢もあると思うのだが)。

そんな時代であるがゆえに、この札幌市のイベントや、電話相談の仕組みなどは超絶良企画だと思った次第だ。さすがに職場や人前では厳しいかもしれないが、大人男子が弱音を吐ける場は必要だと思ったのだ。

田中俊之先生の『男が働かない、いいじゃないか!』は超絶良著
田中俊之先生の『男が働かない、いいじゃないか!』は超絶良著

そんなことを考えていた時に、武蔵大学の田中俊之先生から最新作『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社+α新書)が届いた。「男性学」のフロントランナーならではの、良著である。「男性学」の入門書の決定版と言っていい。なかなか人に相談できない職場での男の悩みなどについて、社会学者視点で痛快な答が提示されている。学生、新社会人にピッタリの本だと言えるだろう。

これで840円+税は安いのではないかと思ったが、手に取りやすくすることで世の中の男性を救おうという田中先生と講談社の優しさを感じた。いつもは高い価値の本を安く売る出版社、編集者には清原並みの威圧感のあるボディと眼光でプレッシャーをかけるのだが、今回はその意図を評価したいと思う。

最後に、私なりの処世術を。私は2012年に会社を辞め、フリーランスになった。昨年、就職し大学教員をしているのだが、相変わらず自由な働き方をしている方だと思う。2012年から生き方においてこだわっているモットーは「社畜から家畜へ」である。自宅では、「自分はペットなのだ」と開き直り、男らしさを徹底的に捨て去る。家族に愛されることを最優先し、家事にも積極的に参加する。絶対に家族には怒らない。怒られた時は真摯に受け止め、徹底的に反省する。時には謝罪文すら書く。とにかく、家庭で可愛がられることを優先したら、人生楽しくなった。

一方、仕事では男らしさごっこをすることにしている。周りにナメられないように、清原並みに身体を鍛え眼光を鋭くする、おっさんくさい言葉を使う、昭和のバブル男子的なおしゃれをする、髪を染める、意識的に自分は中年だと自称する、可能な限りサングラスをかけるなどである。威圧感で自分を守るのだ。意識高い系とはまた違う、マイナスセルフブランディングだ。全身全霊で男であることにこだわるわけではないので、疲れない。家では男であることを捨てているので、男ごっこはむしろ新鮮である。

まったく参考にならないと思うが、疲れない生き方のヒントとして紹介しておくことにする。

やや宣伝っぽくなるが、私のYahoo!個人でのエントリーを読んでいる人は40代男性が多いようなので、以前、同世代の赤木智弘さん、おおたとしまささん、速水健朗さんと書いた『アラフォー男子の憂鬱』と、私の代表作『僕たちはガンダムのジムである』(ともに日本経済新聞出版社)をご紹介しておく。男らしさに疲れている40男が癒される本だと思う。

弱音を吐くことを恥ずかしがらず、人生をパラダイス銀河にしていこう。

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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