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総合格闘技チャンピオンは現役大学生 「そこに夢はあるのか?」 大東文化大3年柏崎剛選手に会ってきた

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家
19歳でZST王者になった柏崎剛選手(右)と筆者(左)

「若者よ、夢を」と言うけれど 19歳で夢がかなったら、どうするか?

先日、42歳になった。すっかり中年だ。日々、楽しく生きている。夢も希望もある。目標もある。ただ、もう大人なのだから、いちいちそんなことを口にしないし、黙って前に進んでいる。

夢?

J-POPが安っぽく歌う夢、SNSで意識高くつぶやかれる夢、ブラック企業の社長が煽る夢。

「人生は夢だらけ」だ。

これは決して美しい言葉とも言えず、その辺にあふれている。

「若者よ夢を持て」などの意識の高い煽りも、「若者が夢を描けない時代である」という絶望も、それぞれテンプレ化していて日々そんな言葉を見かけるのだけど、若者は今、夢とどう向き合っているのだろう。

そんな中、気になる若者の存在を知った。総合格闘技ZSTのバンタム級チャンピオン柏崎剛選手である。19歳にして王者となった彼は、実は大東文化大学国際関係学部の3年生。そう、現役大学生なのだ。

やや失礼な言い方だが、読者の皆さんは格闘技ファン以外はZSTも柏崎選手のことも、おそらく知らないことだろう。ZSTは地上波で放送されているわけでもない。「闘うフリーター」として人気を集めた所英男選手を輩出したことで知られているが、このことを知っているのも格闘技ファンが中心だろう。

若者×夢という切り口で言うならば、青春を格闘技に捧げている彼は、夢を追っているようにも見える。しかし、RIZINなど新たな格闘技イベントが立ち上がりつつもあるが、PRIDEやK-1が社会現象になった頃ほど、国内の格闘技で稼げる時代でもなくなってきている。ましてや19歳で王者になってしまったが、次の夢は見つかったのか?大学生でもある彼は、卒業後の進路をどう考えているのだろうか?

4月17日新宿FACEでの大会が迫る中、柏崎剛選手をインタビューした。総合格闘家の話としてだけでなく、若者×夢、大学生の可能性という視点で読んで頂きたい。

夢は一般人になること!?

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常見:柏崎選手、ストレートにお伺いします。今の「夢」はなんですか?

柏崎:「夢」ですか。

常見:はい。あの、10代でチャンピオンになるってすごいことだと思うのですが、夢とか目標を見失ってしまう人もいるわけで。

柏崎:そうですね、ありましたね。夢というか目標が「10代でチャンピオンになってやろう!」っていうことだったんですけど、実際になってみて、そこから「何しようかな?」ってずっと考えていましたね。

常見:やっぱり「何しようかな?」って思ってしまったってことですよね。

柏崎:そうですね。でも、よくよく考えたら、チャンピオンになった時に自分で言っていたことがあって、「ZSTの大会を代々木第二体育館でやる!」っていうのが次の目標になりましたね。

常見:代々木か~。確かにK-1が始まったのも代々木でしたね。武藤さん時代の全日も昔やっていましたよね。なるほど、個人の夢の次は、ZST自体を盛り上げていこうということですね。

いまは「代々木第二体育館でZSTをやりたい!」って夢に向かって走っているわけですが、その夢に関するプレッシャーってあります?どれだけ近づけているだろうかとか。

柏崎:そうですね、ありますね。やっぱり「代々木でやりたい!」って言うだけは簡単なんですけど、それを実現することは難しいと思うので。でも言ったことは絶対やり通したいんで。今の動員力だとやや背伸びしないと無理ですが、実現したいと思っています。

でも、代々木の前に、来年か再来年に地元の埼玉県ふじみ野市で格闘技の大会をやりたいというのもあります。この前は市長とお会いしました。埼玉にはあまり格闘技の大会がないので、埼玉を盛り上げるっていうのもやりたいなぁ、と。やっぱりいつもディファ有明とかでやっていると、遠いし交通の便もすごい悪いので、ふじみ野だったら、色んな人に来てもらえると思うので。

常見:いいじゃないですか、ふじみ野市で。「ふじみ野市に1000人集まった!」って、これもまた夢もありますね。

柏崎:最後は、ふじみ野市で歩いてたら、「こんにちは」っていっぱい言われるような人になりたいです(笑)。ただ・・・・。

常見:ただ?

柏崎:ふじみ野市大会や、代々木大会の先の夢があります。あの、たぶん一番難しいことだと思うんですけど、一般人になりたいっすね。

常見:えーっ(笑)。

柏崎:普通の人と結婚して、子どももいて、普通の仕事をして。普通の暮らしがしたいんです。

常見:えーっ(笑)。そうなんですか!?え、どうしてですか?

柏崎:たぶん格闘技だって年齢的にも上限があるじゃないですか。50代までやっていられないと思うので。普通の暮らしがしたいなって。

常見:ちょっと待ってください(笑)。

まあ、それはそれで、衝撃だったけど、ちゃんと読者に伝えたいメッセージだと思います。

でも、最後の夢が一般人っていう。その時どんな一般人になりたいですか?そこに何かイメージはありますか?例えば、「あの人、格闘家だったんだぜ!」って職場でずっと言われるのか、「柏崎はすごかったぞ!」っていうレジェンドが格闘技ファンには残っているんだけど、まったく第二の人生を送っていく風なのかっていう。

何かあります?

柏崎:そうですね…。でもそんな、まぁ、少しだけ「あいつ格闘技すごかったらしいぞ!」ぐらいの(笑)。普通に、普通の一般人になりたいですね。

常見:キャンディーズのような(笑)。あ、分からないですよね、年齢的に。少し、話は戻ります。10代でチャンピオンになったわけですが、どんなチャンピオンになりたいって思ってました?

柏崎:やっぱり盛り上げられるチャンピオンになりたいですね。ベルト貰うとやっぱり、ベルト守ることに精一杯で、守りに入る人が多くなると思うんですけど。守りばっかりではなくて、攻める。攻め攻めなことができるチャンピオンになりたいですね。

常見:今度はある意味追われる立場になったわけじゃないですか。しかも変な話、後輩だけでなく、年齢が上の人から追われるわけじゃないですか。プレッシャーってどうですか?

柏崎:いや、別に特に(笑)。本当、防衛戦の時も全然プレッシャー感じないでできたし。全然プレッシャーはないですね。

「闘うフリーター」所英男というヒーロー

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常見:確か中学生から格闘技を始められたのですよね?

柏崎:そうですね、格闘技は中学1年生から始めました。父がファンで。通えと言われ。

常見:ということは2000年代後半ですね。PRIDEは一旦終わっていて、テレビで格闘技もあまりやっていない時期ですよね。何か観てました?

柏崎:DREAMとかよく観ていました。

常見:憧れの選手はいましたか?

柏崎:ずっと所英男選手が好きです。

常見:所英男選手の魅力はなんでしたか?

柏崎:やっぱり、スター性ですね。なんかすごく派手で、いいなと思いました。

常見:「闘うフリーター」というニックネームでしたよね、当時は。最初から総合格闘技だったのですか?

柏崎:はい。小学校の頃は柔道だったのですけどね。アマチュア修斗に高校時代出ました。1回戦負けでしたが。

常見:もう高校生でアマ修斗に出ていたのですね。

柏崎:そうですね。その次にもう一度アマチュア修斗関東選手権に出て、そしてSWATの高校生マッチに出させていただいて。

常見:プロを意識し始めたのは何年生くらいの時でしたか?

柏崎:中学3年生くらいですかね。いつのまにかプロ目指していて、いつのまにかプロになっていて。そして、チャンピオンになりました。

常見:おめでとうございます。若干19歳で。格闘技は言って見れば、お父様から「やれ」「通え」と言われたわけじゃないですか。面白くなってきたのっていつ頃ですか?

柏崎:それも中学3年くらいですかね。最初は一般コースだったのですけど、その頃から選手に混ざって練習するようになったのです。その頃から「もっとやりたい」と思うようになりましたね。僕は寝技が得意だったんですが、いろんな人から一本取れるようになって、「もっと強くなりてぇな」って思いました。

常見:目指したのは所英男選手ですか?

柏崎:そうですね。所さんのことを、ずっとかっこいいと思っていたんで。

常見:たぶん、総合格闘技を始めた頃の所英男像と、上達した後の所英男像って違うと思うんですよ。

柏崎:違いますね。所さんすごく動くんですよ。ぶっちゃけ僕にはああいう戦い方はできません。僕はガッチガチに固めて、殴ってっていう感じなんですけど。でも、僕にはできませんが、本当に好きな戦い方っていうのは所さんのような動きのある戦い方ですね。

常見:動きのある、流れるような。

そのアマチュア修斗に高校生の頃から出るようになって、最初は勝ったり負けたりしていくなかで、やっぱり悔しさってありました?

柏崎:マジ悔しかったです。高校1年で関東アマチュア修斗選手権に出て、1回戦で負けて。僕その試合が唯一の負けなんですけど。「マジで負けたくねぇ!」って思って練習して、「次は絶対勝つぞ!」って言って。僅差で負けたのですよね。あと1分あったら挽回できたなあと思うと悔しくて。

常見:敗因は何だと思いました?

柏崎:敗因…。たぶん絶対気持ちだと思いますよ。高校卒業するくらいまで、気持ちの部分はすごい僕、弱かったんですよ。「あぁ、もうつらい」みたいな(笑)。試合中でも。そうですね、最近はそんなことないですけど。極めている時も腕が疲れて「きついから放しちゃおう」みたいな。やっぱり気持ちの部分ですね。

常見:あこがれの所英男選手には、今、どれくらい近づいていると思います?

柏崎:もう所選手と試合をしてもいいんじゃないかなあと思っています。

常見:おぉ。試合やってもいいんじゃねぇかと!だって、所さんより全然若い年齢でそのチャンピオンになっていますしね。

柏崎:いやー、やっぱりスター性は所さんの方がありますけど。でも、試合してもいいじゃないかなあと。

常見:どんな試合にしたいですか?

柏崎:すごく力が拮抗している試合にしたいですね。「どっちが勝っているんだ?」というようなドキドキした試合にしたいです。

柏崎:でも最後は一本で決まる、と。判定ではなくて。

常見:判定じゃなくて一本で決まると。柏崎選手は勝つんですよね?

柏崎:はい。 やっぱり所さんは、昔はZSTを背負っていましたけど、いまZSTを背負っているのは僕なので、もう負けるわけにはいかないです。

引退したあとに何が残るのか?

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常見:今は大学生なのですよね?大東文化大学でしたっけ。

柏崎:はい。国際関係学部です。でも、大学生活は面白くないですよ(笑)。単位もだいぶ落としたので、頑張っているのですけどね。友達も少ないですし(笑)。大学とジムの往復ですね。

常見:卒業した後ってどのようにしようと思っています?仕事をするのかとか。

柏崎:考えているんですけど、全然決められないんですよ。どうすればいいんだろうっていう(笑)。仕事しながら格闘技の練習して試合出てたら、たぶん勝てないと思うんですよ。

常見:なるほど、そうか、勝てないと。

柏崎:勝てないと思う。でも格闘技だけというのも・・・。

常見:これ、議論したいポイントですね。私、プロってやっぱり憧れの存在であって欲しいのです。他の仕事と両立しながらというのもアリだとは思います。ただ、自分が食えないこと、アルバイトしていることを公言するプロ格闘家って今やいるじゃないですか。それって、ファンに見せることなのかなって思ったりしたんです。

柏崎:うーん。格闘技って死ぬまでずっとやっていくわけにはいかないのですよね。そして、いつか終わりがきます。引退したら、終わりじゃないですか。引退した後、何が残っているのかなっていう。

常見:あー、これ面白いですね。それって、どういう風に記憶されたいかっていう話だと思うんです。勝ち星の数って、よっぽどすごくないかぎり、人は意外に覚えていなくて。それよりもインパクトなのですよね。名勝負があるのか、どんな武勇伝があるのかとか。勝ち方とか、衝撃度とか。あるいはムーブメントをつくったのか、と。歴史を作ったのかとも。だから、どのように記憶されたいのか、何を残したいのかということを考えた方がいいと思いますよ。

柏崎:はい。まずは、「ZSTは柏崎が盛り上げたんだぞ!」ってことですかね。

常見:UFCとかっていうのは気にならないんですか?

柏崎:うん、そうですね。UFCはまったく…。世界チャンピオンって興味ないですね。世界チャンピオンじゃなくて、僕の目標は、「ZSTを日本一の団体にする!」っていうのが僕の夢というか目標なので。たぶん、強くなるだけじゃあダメだと思うんですよ。盛り上げるためにどうしたらいいかって、いろいろ考えなくてはダメだと思うんですよね。まずは、ZSTのリングで所英男選手に勝つことなのかなと思います。

常見:ありがとうございました!

若者に昭和的な夢を押し付けるな

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インタビューを終え、私自身が猛反省した。

「若者よ夢を持て」という煽りにも、「若者が夢を持てない時代だ」という絶望にも、いまいち共感できなかった私だが、そんな私もどこかで、昔の若者像、格闘家像を柏崎選手に期待していたのではないかということを。そして、過剰な心配のようなことまでしていたことを。

何か大きな夢をもっていてほしい、高いクルマに代表される贅沢な暮らし、名声を求めていてほしいという。

この記事を読んで、脱力する人や、がっかりする人もいるかもしれない。とはいえ、ここで語られていることは彼の本心なのだと思う。気づけばみんなで若者に昭和的な夢を押し付けている。

もう平成28年だ。

筆者自身も、K-1、PRIDEブームのことを持ちだしてしまったのだが、格闘技イベントの運営方法も楽しみ方も変化している。もちろん、RIZINのような、PRIDEの再来的な新イベントも立ち上がりつつあるのだが。

4月に柏崎選手は3年生になった。現役大学生にしてチャンピオンという肩書きはあと数年以内になくなる。その頃、彼は所英男戦を、代々木第二体育館での大会を、地元ふじみ野市での大会を成功させているだろうか。そして、いつ、「一般人になる」という「夢」に向かうことを決断するのか。

わからない。

ただ、夢の押し付けだけはしてはいけないなと思った次第だ。

熱を感じる時間、気持ちいい空間だった。

ありがとう。

さて、あなたの夢は何だろうか?

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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