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「池上無双」は選挙前にやるべきだ 政権におびえる、無難なジャーナリズムこそ問題だ

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

2016年7月10日(日)という日が終わろうとしている。参議院選の投票日であり、開票作業が進んでいる。予想通り、与党の圧勝が伝えられている。選挙前の消費税増税延期宣言、経済政策、改憲をめぐる攻防、野党統一候補の擁立、18歳選挙権のスタートなど、今回も話題が豊富だった。

例によって、「若者よ、選挙に行け」的な煽りもあり。意識が高くない私だが、教員の端くれとして国民としての義務を果たし、権利を行使せよという意味では、「選挙に行け」というのだが、期待を超える虚しさというか、現実の冷徹さを若者達が味わうのではないかと思い。ただ、これも世の中の現実であり、勉強だ。

やはり、例によって「これだけ◯◯さんの集会には人が集まっているのに、当選しないのはおかしい」とか「私のTLではアンチ◯◯党だらけなのに、当選しちゃうのはおかしい」などの声があったりするが、それは統計的観測の誤りだ。目の前のことの思い込みにすぎない。「野党は政策が弱すぎだから、与党が一人勝ちする」みたいな声もあるが、政策に強くなったところで、支持母体などの関係もあるわけで。公約も選挙後に覆されることもあるわけで。

それも含めて、選挙は選挙だ。

政治も選挙も素人であり、領空侵犯であることは承知の上で、一市民、有権者として意見を言わせて頂く。仕事もあるのだが、いても立ってもいられず、キーボードを叩いた次第だ。

腐敗しきった、去勢されたかのような日本のジャーナリズムに、私はこの檄を叩きつける。

これまた「選挙あるある」なのだが、例によってTLを見ているとテレ東の池上彰の選挙番組が礼賛されている。全部ではないが、私も見ていた。見ていない時間も、BGM的に音は聞いていた。

あくまで見た範囲の、一市民、視聴者としての感想であるが、たしかに、この番組が支持される理由はよく分かる。他の選挙番組と比べてもライブ感があるし、パーソナリティーの池上彰は各政党の代表や幹事長、当選者に斬り込んでいく展開はスリリングだ。各政党の支持母体の紹介も、面白い。実際、改憲の件を自民党の谷垣幹事長に斬り込むなどは、池上彰ならでは、テレ東ならではだろう。ネット党首討論のように、司会が唐突に小沢一郎に「再婚は・・・」などと質問をすることもない。さすがのクオリティ。天晴!

とはいえ、そのマンネリ感、限界に私は気づいてしまった。

支持団体に斬り込むのは今に始まったわけではない。そして、選挙番組を見るような市民は各政党の支持母体には気づいている。いや、相当知っているはずだ。地上波の生番組でやっていることは評価する。池上彰の話も面白い。ただ、そこに悪い意味でのプロレス的な臭いを感じてしまうのは私だけではないだろう。

致命的な点は、「池上無双」は選挙後だということである。いや、選挙速報番組なのだから当然ではあるが。政党や政治家にこのレベルで斬り込むことを、なぜ池上彰は、テレ東は、選挙前にやらないのか。番組でも「これ、選挙前にやってほしかった」というTwitterのコメントが取り上げられていた。

ここに、一種の質の悪いプロレス感、真空パックされたカラムーチョ感のような、所詮、無害なカタルシスにすぎない印象を受けてしまう。いや、少しだけ訂正すると、一番すごいのはプロレスだし、私はカラムーチョと湖池屋が大好きだ。とはいえ、何というか、5カウント以内の反則をやっているような、気絶死しないレベルの辛さを提供しているような、そんな空気を感じてしまったのだ。

この番組が礼賛されてしまうこと自体、日本のジャーナリズムの退廃、劣化を物語っているだろう。池上彰氏や、週刊文春が台風の目になってしまっていること自体、やはりジャーナリズムの劣化なのだろう。

もちろん、テレビの限界もある。このあたりをネットメディアに期待したいところだが、今のところ、どれも無難なものに見えてしまう。というか、読む機会もないし。

もちろん、選挙前にやると選挙違反だ、妨害だという話にもなるだろう。しかし、正攻法で突破するか、やりくりするのが企業努力ではないか。なんでも政権による圧力だと騒ぐが、その前に、自主規制によりメディアが無難になっていること自体が問題だ。

池上彰もテレ東も選挙関連の企画は、選挙前にやっているにはいる。ただ、番組をやったからいいという問題ではない。「池上無双」と言われるような大暴れは選挙前にこそするべきだし、政党、政治家はそれに立ち向かって、自分たちの論を主張し、政策を説明するべきではないか。当選したあとで、政党や当選者に斬り込んでもらっても、投票した国民にはがっかり感しか残らない。庶民の味方を装っているようで、ずるい。

次回の選挙では、「池上無双」と呼ばれる大暴れは選挙前にやって頂きたい。選挙後の番組なみの大暴れを選挙前にやってほしい。

政治も選挙もメディアも専門家ではないが、今回は一市民視点で領海侵犯、領空侵犯のようなことをし意見を言わせて頂いた。いや、この番組の限界を感じている人の気持ちを代弁したまでだ。

そのうち、書き手視点で、無難じゃないものを私も目指すことにしよう。

自由で民主的な世の中をいまだに待望する42歳の夜。

追記(7月11日0時35分)

池上彰とテレ東は事前に番組をやっていたという反論を多数頂いたが、文意をくんで欲しい。問題は「番組」をやったかどうかではなく、「池上無双」と呼ばれるほどに、政党関係者や候補者に鋭く、深く斬りこんだかどうかである。選挙前にこそ、「そこまでやるか」というインパクトのある、視聴率の取れる番組をやって欲しい。

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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