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「新卒一括採用見直し論」を見なおそう

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

Twitterではすでにコメントしていたが、このニュースについて。

世耕経産相 「新卒一括採用」見直しを促す考え

まだまだ全体像が見えないし、この報道自体がコンパクトすぎる。別にヤフトピをとるわけでもなかった(来年も就活時期は変わらないというニュースはヤフトピだった)。

ただ、Twitterで「茂木常見論争は常見の負けだ」とか「常見はTwitterでいろいろコメントしていたが、要するに既存の体制を守りたいだけ」的な批判を民間人がしていて、ああ、こうして雑な議論が進んでいくのだろうなと思い。簡単に交通整理をしておこう。

就活時期見直しの混乱と同じ臭いを感じた。要するに、問題と解決策がずれていたり、真因は別のところにあるのではないかという件だ。

世耕経産相も、その発言を支持して騒ぐ人も「新卒一括採用」という「仮想敵」を掲げて、人気取りをしているかのようにすら見える。そして、その議論が若者や企業を救わないことをわかっていない。何より、現状を捉えていないことをわかっていない。

もっとも世耕経産相の発言が触れているのは「見直し」であって、「廃止」ではない。これについて、周りも騒ぎすぎではないか。

まず、論点が古いと感じた。「新卒一括採用」をテーマに修士論文を書いたのだが(NHKブックスから『「就活」と日本社会』という本にして出版したのでご一読頂きたい)、その際に苦労したのは、実は「新卒一括採用」を定義することだった。学生も企業も時期や方法が画一的だと思われている新卒一括採用は、要件が緩和されるなどして、多様化している。

経団連が会員企業に行っているアンケートでは、ここ数年、約7割の企業は既卒者に門を開いている。就活時期については、インターンシップや早期型セミナーによる接触などが行われ、経団連の指針が示す3年生3月に採用広報活動開始、6月に選考スタートというものがあり、これに対するフライングなどが見られる一方で、通年で採用を行う企業も現れている。エンジニアなどを中心に、新卒と既卒者を一緒に採る動きも見られる。企業が第二新卒や中途採用を盛んに行っているのは明らかだ。

状況を説明するならば、新卒一括採用というものがますます強固に存続しつつも、その「例外」が広がっているとも言える状況だ。20年前ならともかく、2016年の社会において「新卒一括採用批判」をするのなら、新卒一括採用とは何で、何が問題かを丁寧に説明するべきだろう。

2000年代前半には経団連企業を含めて、採用活動をストップし、翌年の採用も未定とした企業の割合が多くみられた。しかし、リーマンショック後のダウンは2000年代前半ほどではなかった。単に労働力を確保する手段以外の社内の活性化、組織文化の浸透なども意識したものだろう。

「新卒一括採用見直し」ということを問題視しつつも、その論拠に「若者の早期離職」を上げている点も興味深かった。失笑してしまった。「若者の早期離職」は別に新卒一括採用「だけ」の問題ではない。既卒で就職する、いつでも就職するという世界観においては、それはますます加速する可能性があるだろう。

「若者の早期離職」も何が問題で、何が問題ではないのかを整理しなくてはならない。「求人詐欺」で騙され、「ブラック企業」に使い潰されて、心身の健康を壊し、働けない状態になり、放り出される若ものは、なんとしてでも減らさなくてはならない。

しかし、若者が早期で離職するのは人生のチューニングなのであり、それを否定するのはいかがなものか。早期離職がすべて悪なわけではないことを確認しておきたい。

さらに、「若者はなぜ3年で辞めるのか」といえば(城さんの本から10年だ。城さんと対談したいなあ)、「辞めても転職できるからだ」という身も蓋もない現実も確認しておきたい。中高年になると家庭のこともあり、思い切って辞めることはできないし、再就職の条件も合わない(このあたりも、給与や役職のルールが変わりつつあり、だいぶ緩和されてきているが)。もともと若者には求人ニーズがあったが、若者の数が減っていることもあり、人材に対する飢餓感は増している。業界別、企業規模別、地域別に見ると、苦戦している領域も存在する。

新卒一括採用であるからこそ、多様な人材を組織に入れられるという側面についてもふれておきたい。20名、50名、100名といった大人数で採るがゆえに、「変わり者」や「能力が劣る者」もむしろ組織に入れやすい。新卒一括採用がない世界になったら、いきなり多様化が進むのかは疑問だ。この新卒一括採用の問題点について論じる際の「履歴書に傷があるもの」はますます無視される可能性があることも直視しておきたい。

今までの部分を総括するならば、若者も企業も合理的で、新卒一括採用見直し論といいつつも、事態は変化を見せているし、経産相が「問題」と捉えていることは実はもう「問題」とも言えないといえる。参議院選では名目上は各党が「同一労働同一賃金」を打ち出し、しかし、各党の中身は違うように。さらには経団連などが「日本型同一労働同一賃金」ということを言い出したように。大きな変化を打ち出しつつも、現実的な線(つまり、今のような要件が緩和された新卒一括採用)に着地するのではないか。

もっとも、「新卒一括採用」の「見直し(廃止ではない)」はするべきかどうかでいうと、するべきだろう。学校から職業への移行をどうするか、そもそも労働社会をどう変えるという大きな議論が必要だ。なんせ若者が減っていくので、労働者を採用するチャネルの多様化、それを実現させるための働き方の多様化を議論しなくてはならない。それは、人に仕事をつけるのか、仕事に人をつけるのかという、どちらの世界観にシフトするのかという議論でもある。

新卒一括採用と就活はイコールのようで違うというのが私のぶれない意見だ。行為としての就活の負担をどうするかという論点は必要だろう。また、そこで移行が上手くいかなかった層をどうするかという対策は継続して必要だ。さらには、採用しづらい業界、企業規模、地域などの格差をどこまで是正するのか(これも広義の雇用の流動化である)という議論も必要だろう。

人材ビジネス自体も、ICTの活用などで変化、進化している。AIやビッグデータの活用はすでに始まっており、あっという間に企業と人材が出会える仕組みが登場する可能性もある(それはそれで怖いという印象も持つことだろう)。

というわけで、雑な議論が進み、結果として若者と企業がますます出会えないということにならないことを祈っている。

要するに僕たちはガンダムのジムであるということなのだ。普通の若者、普通の企業が救われない話はナンセンスだ。

(常見陽平公式ブログ 試みの水平線より転載 一部を加筆)

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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