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復讐としての自殺 死を思いとどまった若者が電通自殺問題について語る

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家
電通社員自殺事件は、自分事として捉えることが大切だ(写真:ロイター/アフロ)

自殺を思いとどまったという方からメールを頂いた。

若い男性だ。

死ぬことをやめた後、電通の自殺事件報道があった。私もこの事件に関して、何度かエントリーを書いていた。それがきっかけで彼は私にメールを送ってくれた。本人了解のもと、一部ぼかしつつ、彼の問題提起を代弁することにする。

電通の自殺事件について彼は、「長時間労働などによる過労自殺」なのか「復讐としての自殺」なのか、疑問に思ったという。彼は実体験をもとに、長時間労働が人を殺したのではなく、周りの人の対応がその人を自殺に追いやったのではないかと考えている。これは、復讐としての自殺だったのではないか、と、

メールを頂き、胸が傷んだのは、彼の勤務先が知人が経営する会社だったことだ。あまり会話をしたことがない先輩なのだが。その事実にはそれなりに驚いた。しかし、それ以上に「あの人の会社なら起こりかねないな」と考えてしまった。何年も経営者をしているにも関わらず、変わっていないことに胸が痛いんだ。あまり近い関係ではないのだが、ハードマネジメントで有名な人で、出入りが激しい会社だという噂はたまに耳に入ってきていた。

彼が自殺をしようと考えた理由は2つだ。未来への絶望、そして会社と上司への復讐だ。まず、未来への絶望について。彼の担当業務はもともとやりたい仕事ではなかった。激務が続く。いつまでこの仕事をしないといけないのか。しかも、転職を考えた際もその業務での転職になる可能性が高く、自分のキャリアに絶望してしまった。

会社と上司への復讐について。自殺をすれば上司や会社に、現在の職場で起こっている異常な状態を伝えることができるのではないかと考えた。現場を理解していない発言、不適切な対応、さらには彼の心を傷つける致命的な一言により、彼は仕事にができない状況になっていった。自殺を強く考えた。その後、体が動かなくなり、2週間会社を休み、どうにか出社できるようになった。

妻のこと、そして、これから生まれてくる子供のことを考えて、自殺を思いとどまった。真面目に働いていたことが評価されて、転職も決まったのだという。

自殺を考える人の気持ちを少しでもわかって欲しいという趣旨のメールだった。読んでいて、胸が痛かったのは言うまでもない。

「嫌ならやめればいいのに」とか「もっと早く、人に相談すればいいのに」と言う人もいることだろう。しかし、そんなことを考える余裕もないくらいに追い込まれていくこともある。何もかも自己責任と呼ぶのはもうやめにしよう。一歩踏み込んで、なぜ自殺をせざるを得ないと思い込んでしまうのかということを深く考えたい。

電通の自殺問題に関する報道が続いている。同社で自殺事件が起きたのは、これが初めてではない。数年前にも過労死で労災認定を受けた事件が発生していたこと、東京労働局の過重労働撲滅特別対策班による検査が行われたこと、22時強制退社となったこと、勤務時間の記録にズレがあったことなどが次々に報じられている。死んだ人は生き返らない。被害者の記録を確認することはできるが、声を直接聞くことはできない。真相の究明と、徹底した対策を行って頂きたい。社会的責任も追及すべきだ。

もっとも、今回の電通の自殺問題は、自分事として考えるべきだと思っている。私にメールをくれた方の生の声、悲痛な叫びはより、この問題の根深さを再確認した。

長時間労働が辛いのは言うまでもないが、より直接的に人がストレスを感じるのは日々の業務の負荷であり、人間関係だ。これは個々人の問題ではなく、職場管理の問題なのだ。長時間労働の問題だけでなく、いかに仕事の負荷を減らすかという視点も必要だ。人間関係については、それこそ自己責任という話になりがちなのだが、これも含めてマネジメントなのである。そのマネジメントの仕組みと運用の問題という点でもある。長時間労働とはいえない職場でも、職場の問題は起こっている。あなたの職場にだって、あるだろう。

働き方改革と電通自殺問題が話題となる今日このごろだが、この問題は自分事として捉えたい。復讐としての自殺が増えない世の中にするためにも、まずは自分の職場の問題を考え、具体的に解決することを経営者、管理職は日々考えて頂きたいし、労働者は自分事として声をあげるべきである。

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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