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「電通がつくるのは、前例のない未来だ」就活サイト、遺族との合意に見せた覚悟

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家
「電通がつくるのは、前例のない未来だ」電通の新卒採用サイトより

電通の2018年度新卒採用サイトがオープンした。

メインコピーは

「電通がつくるのは、前例のない未来だ」

である。

若手社員の過労自死問題で揺れる中、この力強いコピーを打ち出すのは、よほどの勇気と覚悟が必要だったことだろう。電通は本当に「前例のない未来」を作ることができるのかと疑われているからだ。この採用サイトに関しても、社内外からの注目が集まる(もっとも、注目が集まらない時は、電通が完全に信頼を失った時だと思うのだが)。サイトづくりに関わった者は凄まじい緊張感を味わったことだろう。

実際、サイト内で語られるのは膨大な数の前例のない取り組みだ。「auとつくるのは、前例のない英雄だ。」「赤城乳業とつくるのは、前例のない値上げ広告だ。」「森永製菓とつくるのは、前例のない第三者への応援キャンペーンだ。」など、数々のプロジェクトストーリーが紹介される。そこには、実際にプロジェクトに関わった電通マンが写真入りで紹介されている。

「電通がつくるのは、前例のない未来だ」というコピーに関連して表示されるメッセージは胸を打つものがある。

この世界は、想像以上のスピードで変わっている。

過去の成功をなぞるだけでは、

どこにもたどり着けない。

今までのやり方では、

ほとんどの問題は解決できなくなった。

だから、電通はつくる。

驚きのアイデアで、考えもしなかった未来を。

そのために、私たちはクライアントと、

道なき道を進み、どんな壁も突破していく。

最後まで決して諦めない。

世の中の期待を遥かに超えようとすれば、

昨日にはなかった楽しさや刺激が生まれる。

最高におもしろく、最高にやりがいがある。

そんな場所で働くとして、

キミならどんな未来を描くだろう。

電通がつくるのは、

前例のない未来だ。

出典:電通 2018年度新卒採用サイト

個人的には21世紀型の「鬼十則」だと解釈した。「殺されても〜」などの表現が問題となったが、実は「鬼十則」で言いたかったことを、21世紀の若者向けに翻訳するとこういうことなのではないかと思っている。

「鬼十則」が英語に翻訳された際の内容はこのようなものだった。

1.Initiate projects on your own instead of waiting for work to be assigned.

2.Take an active role in all your endeavors, not a passive one.

3.Search for large and complex challenges.

4.Welcome difficult assignments. Progress lies in accomplishing difficult work..

5.Once you begin a task, complete it. Never give up.

6.Lead and set an example for your fellow workers.

7.Set goals for yourself to ensure a constant sense of substance.

8.Move with confidence. It gives your work force and substance.

9.At all times, challenge yourself to think creatively and find new solutions.

10.When confrontation is necessary, don’t shy away from it. Confrontation is often necessary to achieve progress.

出典:『電通「鬼十則」』(植田正也 PHP研究所 2001=2006)

もともとの過激な表現に時に身震いし、人によっては胸が躍るのだが、もともと言いたいことはこういうことだったのではないかと解釈している。

もっとも、労働環境是正の件については、記述が不十分だと言わざるを得ない。会社概要の部分をクリックすると、ポップアップで次のようなメッセージが表示される。

当社の労働環境について

電通はいま、ひとりひとりの社員のその働き方を見つめ直している途上にあります。

皆さんが入社される2018年には、進化した電通として皆さんを迎え入れることができるよう、

私たちは、全社を挙げて、良い仕事の取り組み方の改革に取り組んでいます。

当社の新卒採用サイトに訪れて頂き、誠にありがとうございます。

株式会社電通

出典:電通2018年度新卒採用サイト 

あくまで採用サイトなので、この問題ばかりを追うのもどうかとは思う。ただ「電通がつくるのは、前例のない未来だ」ということを言うからには、ここはその取り組みを紹介するべきではなかったか。というのも、亡くなった高橋まつりさんの遺族と約束した、再発防止策はまさに「前例のない未来」をつくるものだったからだ。

2017年1月20日、高橋まつりさんの母親である高橋幸美さんが記者会見し、電通に対して過労死や過労自殺の再発防止に向け、遺族への謝罪、慰謝料などの支払い、再発防止措置などを盛り込んだ合意書を結んだことを明らかにした。

2017年1月30日付の朝新聞朝刊の報道によると、再発防止措置は長時間労働・深夜労働の改革、健康管理体制の強化を中心に多岐に及ぶものである。運用においては社内の研修に遺族や代理人が参加する、年に1回、再発防止措置の実施状況を遺族に報告するなどの措置をとっているのは画期的だと言える。

すでに取り組んでいる22時退社はもちろん、自己啓発や私的な情報収集を理由として会社に残ることを原則禁止、部や局の各種研修、懇親会、反省会などの準備・出席といった名目で実質的に業務とみなされるものによって過重な負荷を生じさせないよう徹底、自己申告した始業・終業時刻と、オフィス出入り口のゲートの通過時刻に30分以上差があれば理由を調査、新入社員の残業は月45時間以内(他の社員は特に忙しい時期でも月75時間以内)、メンタルヘルスに関する定期健康診断を年1回以上実施(新入社員は入社後1年以内にもう1回追加で実施)、社員の心得「鬼十則」を使って過度の精神主義を強調するような労務管理や新人研修をしない、再発防止措置の実施状況について毎年12月に遺族側へ報告、遺族側の代理人弁護士を講師として遺族も参加する管理職向けの研修会を合意から3カ月以内に実施など、取り組み事項には労働環境を変える本気の取り組みが盛り込まれている。まさに「前例のない」もの、珍しいものも多数だ。

今からでも遅くはない。このサイトのプロジェクトストーリーに「高橋まつりさんの遺族とつくるのは、前例のない労働環境だ」を盛り込んで欲しい。

さて、この求人サイトを見て、この時期に電通の門を叩くのはどんな若者なのか。電通は「前例のない未来」をどんな若者と一緒につくるのか。今後の展開を見守りたい。

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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