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親と子の「近居」を促進すべきか?

筒井淳也立命館大学産業社会学部教授
(写真:アフロ)

はじめに

三世帯同居については、いくつかの記事(「伝統的家族の復権は少子化問題を解決するか?」「三世代同居促進政策は有効か」のなかで書いてきましたように、気をつけるべき点があることを指摘しました。

そのなかで、親と同居することが必ずしも親子の良好な関係につながっていないこと、むしろ関係の良好さを損ねてしまっているという点を指摘しました。たしかに、特に義理の親と一緒に生活することはストレスを引き起こす可能性が高いでしょう。

そこで注目されているのが、親との近居です。たしかに近居は親子の良好な関係を維持しやすいといえるでしょう。しかも、いくつかの研究では、近居は同居と同様に、女性の就労・出生とプラスの関係があることが確かめられています。

しかし、ほぼすべての研究では、現に親と同居あるいは近居している人と、親と遠居している人を比べているだけです。こういった研究では、「居住関係を変える」という視点があまり考慮されていません。

実は、親との居住関係を変えるというのは、かなり面倒なことなのです。

親と子の居住関係が近くなるのはどういったケースか?

以前にNHKクローズアップ現代で、いわゆる「呼び寄せ高齢者」がとりあげられました。そこで紹介されたケースでは、親を呼び寄せるのは、子育て世帯の夫婦が親に子育てを手伝ってもらうためではありません。親世代の介護リスクに対処するために、地方に住む親を都市圏に呼び寄せたのです。

実は、家族の居住関係を現に動かしているのは、子育て世帯の都合ではなく、むしろ高齢者のケアをどうするのか、という問題です。ケアはケアでも、子どものケアではなく高齢者のケアの都合なのです。

子育て世帯が子どものケアの問題に直面すると、遠くにいる両親に近くに引っ越してもらうのではなく、「妻が仕事を減らす」という選択肢がとられているのが現状です。妻が仕事を続けたいがために遠くにいる親を呼び寄せる、ということはあまりないでしょう。

他方で、老親に介護が必要になったときは、居住関係を変えること、つまり親を呼び寄せたり親元に帰る、という選択肢が現実味を帯びてきます。他に選択肢がないことが多いからです。

身も蓋もない言い方をしてしまうと、子育ての問題よりも高齢者介護の問題のほうが緊急度が高いために、家族はかなりのエネルギーを使ってでも親と子の居住関係を変えて対応しようとするわけです。つまり高齢の親のもとに帰ったり、高齢の親を呼び寄せたりするのです。

自治体の近居助成プログラム

高齢化の問題は、自治体のレベルでも緊急性の高い問題として認識されています。

実はいくつかの自治体では、近居に対して助成するプログラムを提供しています。しかしこの助成制度は、「子育て世帯の夫婦が親を呼び寄せる」ための支援ではありません。

たとえば東京都北区には、「親元近居助成」というプログラムがあり、住宅取得時に1世帯あたり20万円までの助成が与えられます。ただしその要件には、申請者(子育て世帯)の親が、区内に引き続き10年以上住んでいること、という項目があります。要するにこれは、高齢化する自治体のなかに若い子育て世帯を引き入れようとする制度なのです。

もっと大盤振る舞いなのが同じ東京都の千代田区の「次世代育成住宅助成」で、「区内に引き続き5年以上居住する親」がいる新婚世帯・子育て世帯が区内に(あるいは区内で)住み替えする場合、月額最大8万円の助成金が支払われます。「次世代育成」というプログラム名ですが、主な狙いは人口構成の是正(高齢化対策)でしょう。

兵庫県川西市にも類似の助成(「親元近居助成制度」)があります。この制度については、その狙いがはっきりと高齢化対策であることが示されています。具体的には、同サイトのプログラム概要に「就業や結婚などを契機とした子ども世代の流出などにより、急激に少子高齢化が進んでおり、既に高齢化率が40%に迫る地域が出てきています」と書かれています。

都市圏に住む子育て世帯が地方にいる親を呼び寄せて子育てを助けてもらうことを念頭に置いた助成は、私はみつけられませんでした(見つけたら教えていただければありがたいです)。進行する高齢化に頭を悩ませる自治体が、わざわざ高齢者世帯を呼び寄せる助成をすることは考えにくいです。高齢世帯がいる自治体にその成人子を呼び寄せるということは、将来的には親のケアを子どもが行うことを期待したプログラムという側面があるはずです。

近居を促進すべきか

このように、自治体の近居助成制度は、子育て支援というよりも高齢化対策を狙っているものです。呼び寄せ高齢者も、老親の差し迫った介護リスクに対応した子ども夫婦の(たいていは苦渋の)選択です。

子育て支援のために遠くから健在の親を呼び寄せるということは、現実では考えにくいでしょう。親は親の生活環境を、よほどのことがないかぎり(「よほどのこと」というのは介護リスクですが)、変えたくはないはずです。それほどエネルギーが必要なことを子育て支援のために行わせようとすれば、かなりの額の助成が必要になり、あまり現実的ではありません。

では逆に、現に同居あるいは近居している若い世帯が、そこにとどまることを促す制度についてはどうでしょうか。

親元を離れるというのは、一般には結婚や就職がきっかけになるものです。特に就業機会は重要で、わざわざ子が親元を離れるのは、近くに就職口がないからでしょう。あるいはそれがあっても、一人暮らしをするほどの収入が得られない場合です。

ということは、親と同居する子に近居を促すならば、その地域の雇用状況を改善し、同時に低所得の若者に対して住宅支援を行う必要がある、ということです。そうすれば、近居のメリットを享受できる人が増えるはずです。こちらは、「離れている親とふたたび近づく」よりもずっと現実味があります。ただ、雇用の受け皿がないままに近居助成をしても効果はないでしょう。子は近居のメリットを捨て、職を求めて都市圏に移住してしまうだけです。

近居する親の現実

では、運良く近居ができたとして、それで話は終わり、というわけではありません。

ここで、実際に親と近居している人たちの現状について概観してみましょう。「全国家族調査(NFRJ08)」のデータ(※)によれば、30〜45歳の子育て世代の人たちの61%が、どちらかの母親と近居(最もよく使われる交通手段でかかる時間で1時間未満)しています。つまり、近居はすでに子育て世代のマジョリティなのです。ただ、逆に言えば40%近くの人たちは、どちらの両親も近くにいない(あるいはすでに亡くなっている)、ということです。

さらに詳しく見てみると、近居しているからといってすべての世帯で親の援助が期待できるとは限らない実態がみえてきます。

子育て世代の夫婦の母(実母および義母)の年齢中央値は65歳前後で、半数は高齢者です。これは、出産年齢の遅れによって問題が大きくなると考えられている「ダブル・ケア」(子育てと介護の重なり)の存在を示唆しています。また、近居の母親の4割弱は就労者であり、必ずしも自由に動ける身であるとは限りません。

実は、子育て世代に近居している母親のうち、65歳未満で非就労である者の割合は、たったの15〜20%しかいません。近居と女性就労・出産とのプラスの関係を示す実証分析はあるものの、近居に過大な期待を抱くこともまた無理筋でしょう。

まとめ

以上、多少乱暴にまとめると、次のようになります。

  • 離れている親子がふたたび近づくのは、親の介護リスクのため。子育て支援のために離れている親子を近居させるためにはかなり強力な助成が必要になる。
  • 子が親から離れるのは、就業のため。就職口が遠くにしかなければ、子は近居のメリットを捨てて地元を離れる。地方に雇用の受け皿をつくり、住宅助成を行えば、近居のメリットを享受できる人が増えるかもしれない。
  • 近くにいる親のすべてが子育ての戦力になるわけではない。支援に万全が見込める母は、15〜20%程度。近居に子育て支援の過大な期待はできない。

※二次分析に当たり、東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センターSSJデータアーカイブから全国家族調査 (NFRJ08) (日本家族社会学会全国家族調査委員会) の個票データの提供を受けました。

立命館大学産業社会学部教授

家族社会学、計量社会学、女性労働研究。1970年福岡県生まれ。一橋大学社会学部、同大学院社会学研究科、博士(社会学)。著書に『仕事と家族』(中公新書、2015年)、『結婚と家族のこれから』(光文社新書、2016年)、『数字のセンスを磨く』(光文社新書、2023)など。共著・編著に『社会学入門』(前田泰樹と共著、有斐閣、2017年)、『社会学はどこから来てどこへいくのか』(岸政彦、北田暁大、稲葉振一郎と共著、有斐閣、2018年)、『Stataで計量経済学入門』(ミネルヴァ書房、2011年)など。

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