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“トランプ大統領”へと向かう「不安」

津山恵子ジャーナリスト、フォトグラファー
オハイオ州クリーブランドにてPhoto by Morgan Freeman

日米の主要メディアで米大統領選を追っている人には、この言いようもない「不安」はわかってもらえないだろう。

毎朝、クリントン氏とトランプ氏の勝利確率が出ている538.com(ファイブ・サーティエイト)を開く。8月中は、クリントン氏が9割に迫ったが、じわじわと下がり、熱中症で具合が悪くなった9月11日は7割、そして最近は5割 台にまで落ち込んだ。これを見る度に、不安になる。

クリントン陣営からは、日に20通ほどのメールが来る。論客ジェイムズ・カービルが「本気にならなければならない」と訴える。オバマ大統領がテレビにコメントし、ミシェル大統領夫人が1日に2カ所で集会に参加し、「今すぐ登録して投票しよう」と必死の表情で盛り上げる。チェルシー・クリントンが、トランプ氏の発言(「チェルシーの姿を討論会会場に見たから、ビル・クリントン元大統領の不倫問題は持ち出さなかった」)に対し、すかさず反論する(「選挙の争点ではなく、気をそらせるもの」)。ビル・クリントンは、イスラエルのシモン・ペレス元大統領の国葬に出席するため、フロリダ州のツアーをキャンセルするが、半日後には、帰国後のオハイオ州のツアーを発表した。

ジョー・バイデン副大統領、人気のエリザベス・ウォレン上院議員と、民主党の大物が、激戦州に日々、めまぐるしく回っている。

これに対し、トランプ陣営で回っているのは、本人とマイク・ペンス副大統領候補だけだ。

クリントン陣営は、こんなロックスターの集まりが、激戦州に日参しているにもかかわらず、全米の支持率では、トランプ氏に追い上げられている。激戦州では、オハイオ州、フロリダ州、ノースカロライナ州、ジョージア州、アリゾナ州で、トランプ氏がリードし、「選挙人数で6人差」(クリントン陣営)という接戦だ。

なぜ。「不安」が高まる。トランプ大統領が誕生する可能性は、全く否定できなくなった。もちろん、米国人の多くも、そう思っている。

そして、11月8日の夜、ニューヨーク中心部で、トランプ氏の勝利集会を、信じられない気持ちで取材し、何を書こうか、読者に何かメッセージがある記事が書けるのだろうか、と自問している自分を思い浮かべる。

2008年のオバマ氏が当選した瞬間は、シカゴの勝利集会予定の会場にいた。大画面に「当確」の文字が出てきた途端、周りにいた黒人支持者が、地面に崩れ落ちた。地面にうつ伏せになって、声を出して泣き、立ち上がると、

「人生で一番幸せなニガーの私たちを、撮影して」

と頼んできた。

そんな前向きなメッセージが、トランプ氏の勝利集会で書けるだろうか。

なぜ、トランプ氏が勝てるかもしれないのか。

まず、トランプ氏の支持者は、9月26日に開かれた初の討論会で勝利したのは、トランプ氏だと思っている。始まる前に「勝利する」と思っていて、90分が終わった途端、メディアの分析も聞かず「勝利した」と思っている人たちが、彼の支持者だ。

クリントン陣営は、クリントン氏がいかに論戦に勝利したか、トランプ氏が鼻をすすった、同氏が気候変動について嘘をついた、といった30もの媒体の記事をメールしてきた。CNN、ウォール・ストリート・ジャーナル、NPR 、ローリング・ストーン、コズモポリタン・・・。

しかし、申し訳ないが、そんな媒体の記事は、トランプ支持者は読まない。主要メディアは、ホワイトカラーのもので、ブルーカラーは、テレビでトランプ氏のリアリティーショーと胸のすくような暴言を見る方が好きだからだ。

トランプ氏の支持者の45%が年収5万ドル以下だ。ところが、「7年生のいじめっ子が、大統領候補になっている」(ニコラス・クリストフ)など、トランプ氏の批判記事を必死に掲載しているニューヨーク・タイムズの読者の平均年収は16万ドル超。一桁、金額が異なる。トランプ氏の支持者の「少なくとも」半分が、ニューヨーク・タイムズなど、手に取ったこともないのだ。

9月22日、激戦州ペンシルベニア州チェスターという人口3万3000人の市で開かれたトランプ氏の集会に行った。人口の7割以上がアフリカ系の貧困層が住む財政破綻した街だ。

そこで、黒人を前に、セールストークをするのかと思えば、会場に入ってくる車はどれも白人ばかり。会場の柵の外で、大声を張り上げて、トランプグッズを売って、少しでも家計の足しにしようとしているのが、黒人ばかりという異様な風景だ。

トランプ氏は、最近、プロンプターを使う。そこにあった原稿は、黒人やヒスパニック系の家計や教育をよくするという内容のものだった。100%近くが白人という集会で、トランプ氏はその部分をアドリブもせず、そのまま棒読みしていた。ところが、支持者らは、喜んでそれを聞いていた。

結局、彼が何を言っても、支持者は歓迎で、クリントン陣営やメディアや共和党の中道派が何を言っても、トランプ支持者の気持ちをそらすことはできない。

そんな集会を見た直後のテレビ討論会だった。明らかにクリントン氏の方が、態度、言葉遣い、具体的な政策のプレゼン、すべてにトランプ氏よりも勝っていたのを目撃しても、「不安」が残った。トランプ氏は、冒頭30分で、26回もクリントン氏の言葉を遮った。ほぼ1分に一回の割合だが、発言時間は一回2分なので、ほぼ10秒おきに遮っているように聞こえた。それを乗り切ったというだけでも、クリントン氏は、並の政治家ではない。予備選挙で、トランプ氏と争ったジェブ・ブッシュ、テッド・クルーズ、マルコ・ルビオは、皆トランプ氏の「嘘つきテッド」「小さいマルコ」といった小学生レベルの言葉に、本気で反論して、皆自爆した。クリントン氏は、そうはならなかった。

それでもだ。この「不安」がどこまで高まるのか、それともどこかで止まるのか、見極めていかなければならない。

ジャーナリスト、フォトグラファー

ニューヨーク在住ジャーナリスト。「アエラ」「ビジネスインサイダー・ジャパン」などに、米社会、経済について幅広く執筆。近著は「現代アメリカ政治とメディア」(共著、東洋経済新報 https://amzn.to/2ZtmSe0)、「教育超格差大国アメリカ」(扶桑社 amzn.to/1qpCAWj )、など。2014年より、海外に住んで長崎からの平和のメッセージを伝える長崎平和特派員。元共同通信社記者。

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