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イスラム国人質事件での番組放送自粛は何だったのか? 千原ジュニアの「クレーム」に寄せられたクレーム

てれびのスキマライター。テレビっ子

このたび発生したイスラム国による「人質事件」で様々な番組やCMが放送を自粛された。

たとえば1月23日深夜に放送予定だった『暗殺教室』(フジテレビ)は、「ナイフを振りかざして刺しているシーンがあるから」と自粛。

同じ日に放送された『ミュージックステーション』(テレビ朝日)では、凛として時雨が歌う「abnormalize」の中の「血だらけの自由が」「諸刃のナイフに彩られた」という歌詞が改変された。

また、サッカーくじ「10億円ビッグ」のテレビCMは、主人公の名前が被害者と同じ「ゴトウ」であることや「締め切り迫る」という事件を連想させるフレーズがあることから放送が中止された。

現実と虚構の区別がついてないのは一体誰なのか。

そんなことを問いたくなってしまうような過剰反応なのは明らかだ。実際のところ、プチ鹿島氏が指摘するとおり自粛を決めた背景は、「情勢に配慮して」というよりも、ごく少数だが、確実にいるであろう面倒な「クレーム」対応が嫌だからというのが本当のところではないだろうか。いわば、「クレーマーに配慮して」自粛したのだ。

ところで、フジテレビで昨年10月から日曜のゴールデンに放送されている『オモクリ監督』(フジテレビ)という番組がある。

千原ジュニア、劇団ひとり、バカリズムのレギュラー陣と、ゲスト数人が「監督」として面白いVTR「オモブイ」を制作するという番組だ。

一口に「面白い」と言っても、その種類は笑えるものから泣けるもの、シュールなもの、ひたすらくだらないものまで多種多様。映像も通常の実写ドラマからアニメ、ドキュメンタリー風、バラエティ番組風と様々。

昨今、コント番組すら、番組制作コストに視聴率が見合わないからと、なかなか作られない中、「オモブイ」は一本が数分とはいえ、毎回5~6本の短編映画を作っているようなもの。ジュニアは番組開始当初、思わず「短命ですよ」と予言したほどだ。

それでも、改編期を乗り越え現在も放送中である。

1月25日の放送は「歴代ナンバー1作品を審査委員長であるビートたけしが決める」という、いわば傑作選。

この傑作選には、深夜に放送していた『OV監督』(14年4月~9月)のものも含まれていた。

その中のひとつに千原ジュニアの「クレーム」という作品があった。これはもともと14年5月19日に放送されたもの。

(あえて、ネタバレを含めて内容を紹介させていただきます)

ドラマ『ロストライフ』という設定で幸せそうな家族の光景が映し出される。

会社帰りの父親を出迎えに行く娘。父親の姿を見つけると駆け寄ろうとする娘だが、そこに走ってきたトラックに父親の目の前で轢かれてしまう。

「まなみ!」

絶叫する父親。娘に救おうと駆け寄ろうとするが、目の前の信号は「赤」。父親は律儀にそれが「青」になるのを待っている。

ようやく血まみれで重傷を負った娘を抱きかかえると、父親は急いで自分の車の助手席に娘を座らせる。もちろんシートベルトをしっかり装着して。

さらに、父親は乗車前の点検も怠らない。発車前は指差し確認だ。

娘は見るからに重体。一刻を争う。しかし、法定速度は絶対だ。父親は40キロのノロノロ運転で病院へ急ぐ。

そこに母親からケータイに電話が。もちろん父親はいったん車を止めて電話に出るのだった。

ここまででも道路交通法を皮肉りつつ、ルールの遵守や「正しさ」を過剰に求める風潮への痛烈な風刺になっている。

だが、ジュニアのOVはこれだけでは終わらない。そのオチにはさらなる強烈なアンチテーゼが描かれていた。

最後に画面が切り替わりドラマ『ロストライフ』を見ているある視聴者が映し出される。

彼女はドラマを見終わると即座に電話をかけるのだ。「もしもしフジテレビさん?」と。

「携帯電話を切った後、目視での後方確認がなかったんですけどあんなものを公共の電波を遣って流すなんて一体どういうつもりなの!」

「観てる人はずっとイライラしてたのに、自分もこういうのに加担してたんだって一瞬で変わる。自分に対する変な斬られ方、逆に言えば爽快感みたいなのがあって、後でモヤモヤしてくるっていうのがある」と審査員のいとうせいこうは絶賛した。

一方、深夜時代に放送された際、審査員だった茂木健一郎は「今のVTRは視聴者が試される。これを見て笑える人もいるだろうけど、またこれでクレームが来るかも」と語っていた。

さすがに、そんなクレームは……、などと思っていたが、そうではなかった。

『週刊フジテレビ批評』という視聴者から寄せられた意見を紹介する番組がある。

1月31日の放送で、この『オモクリ監督』が取り上げられた。

番組を賞賛する意見が寄せられた一方でこんな意見も紹介された。

子どもが車にひかれる内容のものがありました。フィクションでも子どもがひかれる内容のものは笑えません。目の前で子どもがはねられた場面を笑いに変えられると思っているのでしょうか。血だらけの我が子を抱える親のどこに笑いがあるのでしょうか。

一瞬、本気か? と思ってしまう意見だが、よくよく考えてみれば、もし実際に目の前で子どもが事故で亡くなった人などがあの作品に不快感を持っても無理からぬことだ。見た人が色々な感想を抱くのは当然だし、それを放送した局に意見を寄せるのも自由だ。ここで重要なのは、作り手がどんな意図を持った作品でも、見る人次第という当たり前の現実だ。

だから、クレーム自体が問題なわけではないし、クレームを寄せられる作品が問題なわけではない。

問題はクレームに屈することだ。(念の為に補足すれば、『オモクリ監督』がクレームに屈した事実はありません)

今回、イスラム国による人質事件の関係で放送を自粛した番組やCMの内容は、今回の事件とまったく関係のないものばかりだ。

道理のあわない理不尽なクレームをおそれ、放送するはずだった作品の放送を自粛するといった行為は、テレビの“自殺”に他ならないのだ。

ライター。テレビっ子

現在『水道橋博士のメルマ旬報』『日刊サイゾー』『週刊SPA!』『日刊ゲンダイ』などにテレビに関するコラムを連載中。著書に戸部田誠名義で『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(イースト・プレス)、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』、『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』(コア新書)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)など。共著で『大人のSMAP論』がある。

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