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規定打席に届かなくても首位打者にはなれるが、規定投球回に達しないと最優秀防御率のタイトルは獲れない

宇根夏樹ベースボール・ライター
トニー・グウィン(サンディエゴ・パドレス)Aug 6,1999(写真:ロイター/アフロ)

規定打席に届かなくても、首位打者は獲得できる。実際、1996年のナ・リーグでは、そういうことが起きた。トニー・グウィン(サンディエゴ・パドレス)は打率.353(451打数159安打)ながら、規定打席(502打席)には4打席足りなかった。だが、不足分をすべて凡退、4打数0安打としても、455打数159安打=打率.349となり、エリス・バークス(コロラド・ロッキーズ)が記録した「規定打席以上でリーグベストの打率」.344を上回る。よって、この年の首位打者にはグウィンの名が刻まれた。

グウィンは首位打者を8度獲得した(1996年は7度目)。バークスは皆無だ。1996年はリーグ1位の142得点、392塁打、長打率.639を記録したものの、打撃三冠のタイトルと盗塁王は、キャリアを通じて一度も獲れなかった。そういうことからすると、1996年はバークスを首位打者としたい気もするが、ルールで決まっているのだからしかたがない。

一方、最優秀防御率のタイトルは、規定投球回をクリアしない限り、0.1イニングでも足りなければ、手にすることはできない。

1986年のア・リーグでは、ロジャー・クレメンス(ボストン・レッドソックス)が防御率2.48を記録し、最優秀防御率を獲得した。この年、クレメンスは両リーグ最多の24勝も挙げ、MVPとサイ・ヤング賞に選ばれた。それに対し、サイ・ヤング賞投票で6位に入ったマーク・アイクホーン(トロント・ブルージェイズ)の防御率は1.72。規定投球回(162イニング)には5イニング足りないだけだった。アイクホーンがあと5イニング投げたとして、そこで自責点15以上を記録しなければ、クレメンスより高い防御率にはならない。5イニングで自責点15ということは、防御率に直せば27.00だ。防御率1点台の投手が、そこまで崩れるとは考えにくい。

だが、理論上は起こり得る。登板して1アウトも取れずにマウンドを降りれば、イニングは増えない。一方、自責点はいくらでも増えていく可能性がある。2016年のワイルドカード・ゲームで、ウバルド・ヒメネス(ボルティモア・オリオールズ)は11回裏1死走者なしからマウンドに上がり、最初の2人をヒットで出塁させ、3人目にホームランを打たれた。ヒメネスのイニングは0.0、自責点は3。ベースボール・リファレンスなどは、この防御率を「inf」と表記している。無限大ということだ。

ホームランが出た時点で試合が終わったため、自責点は3だが、これが11回表で、ヒメネスが4人目以降もアウトにできずに投げ続ければ――バック・ショーウォルター監督がそうさせることはないだろうが――0.0イニングのまま自責点はどこまでも増える。1試合に限らず、0.0イニングで自責点ありの登板が2試合以上続く可能性も、皆無ではない。

もっとも、タイトルの有無にかかわらず、1986年のアイクホーンは素晴らしかった。特筆すべきは、一度も先発せずに157.0イニングを記録したことだ。この年、リリーフとして100イニング以上を投げた投手は14人いた。とはいえ、そのなかでもアイクホーンのイニングは群を抜く。2番目に多いロジャー・マクダウェル(ニューヨーク・メッツ)はポストシーズンで14.1イニングを投げたが、それを足してもアイクホーンには14.2イニング及ばない。リリーフとしてシーズン150イニング以上は、アイクホーンが最後だ。ここ10年は、100イニングすらいない。

シーズンが終わろうとする頃、アイクホーンは監督から、規定投球回をクリアするための先発登板を提案され、断ったという。ブルージェイズはシーズン157試合目にポストシーズン進出の可能性が消えたので、その直後あたりだろうか。アイクホーンはシーズン最後の5試合中4試合にリリーフ登板し、サイドアームから計9.1イニングを投げた。

ベースボール・ライター

うねなつき/Natsuki Une。1968年生まれ。三重県出身。MLB(メジャーリーグ・ベースボール)専門誌『スラッガー』元編集長。現在はフリーランスのライター。著書『MLB人類学――名言・迷言・妄言集』(彩流社)。

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