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豊作か!?「オトナの男」にオススメの秋ドラマ(その2)

碓井広義メディア文化評論家

2014年秋クールのドラマが始まった。「食欲の秋」に負けない、「ドラマの秋」であって欲しい。NHKも民放も力を入れるこの季節、「オトナの男」にオススメの秋ドラマをチェックする。そのパート2。

●永作博美と石田ゆり子の”完熟”競演 NHK『さよなら私』

もしも自分の妻と浮気相手の女性の心が入れ替わってしまったとしたら。しかも妻と女性が高校の同級生で親友だったとしたら。そして妻が永作博美で、浮気相手が石田ゆり子だったとしたら・・・。

実に絶妙なキャスティングのこのドラマは、この秋、最もオトナ向けといえる1本だ。

いつ元に戻れるのかもわからないまま、彼女たちは互いの生活を“交換”せざるを得なくなる。永作の夫・藤木直人は、妻と愛人にまさかそんなことが起きているとは夢にも思わない。だから、いつものように石田のマンションを訪れ、彼女を抱く。

自分の親友である石田だと信じて行為に及ぶ藤木に、永作はどんな思いで応えていたのか。とても残酷で、同時にとてもエロチックな場面だ。見る側(視聴者)は真相を知っているが、当事者(登場人物)はそれを知らないという構図は、物語作りの手法のひとつでもある。

2人の心が入れ替わる直前、永作に浮気を追求され、反撃する石田が口にしたセリフがすごい。

(夫の藤木と)してないんだってね、何年も。

あ、子供が生まれてからか。

(微かに笑って)私とはしてるよ、会うたびにね。

楽しくセックスしてる。

脚本は、「ちゅらさん」や「最後から二番目の恋」などで知られる岡田惠和だ。専業主婦である永作と独身の映画プロデューサー・石田を対比させながら、アラフォー女性を類型的にではなく、『生身の女性』として描こうとしている。

じわじわと炙り出されていく、彼女たちの本音と建前。女性はもちろん、男性視聴者もまた目が離せない。

ヒロイン2人が神社の石段から転げ落ちて“転換”する設定は、大林宣彦監督の映画『転校生』へのオマージュだろう。このドラマのタイトルからも、映画のラストシーンでの小林聡美の声が甦ってくる。2作を見比べてみるのも一興だ。

●綾瀬はるかの代表作に!? 日本テレビ『きょうは会社休みます。』

綾瀬はるかには『ICHI』『ひみつのアッコちゃん』『万能鑑定士Q~モナ・リザの瞳』など、いくつもの主演映画がある。しかし、その魅力を一番引き出していたのは『プリンセス トヨトミ』ではなかったか。

綾瀬は会計検査院の上司、堤真一をサポートする調査員役だ。生真面目で独特のカンの良さを持つ一方、超マイペースで、どこかヌケていて愛嬌がある。脇役にもかかわらず、この作品のテイストを左右する存在感があった。 

綾瀬にとって、『きょうは会社休みます。』はテレビドラマの代表作になるかもしれない1本だ。

ヒロインの青石花笑(綾瀬)は物産会社の地味なOL。30歳になるが、これまでいわゆる男性経験はゼロだった。そんなアラサー女性が9歳年下のバイト青年(福士蒼汰)と一夜を共にしてしまう。しかも同じビルに入っている食品会社のイケメン経営者(玉木宏)まで接近してくるではないか。

恋愛に不慣れなため自分の気持ちに対応できず、相手の反応など小さなことで一喜一憂する綾瀬がいじらしい。この辺り、凡庸な女優が演じたら噴飯ものだろう。

美人でいながら、ちょっと天然のとぼけた感じを醸し出せるのが綾瀬だ。その魅力と今回の役柄がうまくマッチしており、世間知らずと不器用さと妄想癖にもほどがあるヒロインに、つい共感してしまう。「福士だろうと、玉木だろうと、彼女を泣かせたら承知しねえぞ!」とケンカ腰で見ている男性視聴者もいるはずだ。

綾瀬はるかならではの“空気投げ”的演技が光る、異色の恋愛ドラマである。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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