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最近の「朝ドラ」、その人気の理由は?

碓井広義メディア文化評論家

東京新聞から、NHK「朝ドラ」の人気について、取材を受けました。その理由として、以下のようなお話をさせていただきました。

●「朝ドラ」の王道+1

NHK朝ドラ「とと姉ちゃん」の好調が続いています。もちろん、このドラマそのものの面白さもあるのですが、背景には、「朝ドラ」という枠自体の人気があると思います。

今や朝ドラは、すっかり“ブランド”として確立されました。良質で面白いドラマが見られるという安心感に加え、「半年間続く」というスタイルが大きいです。民放のドラマが3カ月、10回程度で終わってしまうのに対し、朝ドラは視聴者にとって半年間付き合い続ける“隣の家族”のような存在になっています。

振り返ってみると、朝ドラには王道ともいうべき、3つの要素があります。まず女性が主人公の一代記であるということ。そして職業ドラマであること。最後に、自立へと向かう成長物語であることです。この3つがそろった連ドラは、民放ではなかなか見られません。

近年は、そこに新たな勝利のパターンが加わりました。大きな転機は、漫画家の水木しげるさんの妻をモデルにした「ゲゲゲの女房」(2010年度前半)です。そのヒロイン像が魅力的で、それ以降、『過去に実在した人物』を取り上げる作品(私は”実録路線”と呼んでいます)が増えました。

好評だった「カーネーション」(デザイナーのコシノ3姉妹の母、11年度後半)、「花子とアン」(翻訳家・村岡花子、14年度前半)、「マッサン」(ニッカウヰスキーの竹鶴政孝夫妻、同後半)。前回の「あさが来た」(実業家・広岡浅子)、現在放映中の「とと姉ちゃん」(「暮しの手帖」の大橋鎭子)も、秋からの「べっぴんさん」(子ども服「ファミリア」の坂野惇子)もそうですね。

いずれも、ヒロインのモデルやモチーフとなっているのは、濃厚な人生を送った女性たちです。すなわち半年間付き合うかいのある人たちなんですね。戦前から戦後の昭和を舞台にした作品が多いのも、現代では希薄になってしまった、日本人の暮らしの原点みたいなものに視聴者が共感を覚えるからだと思います。

●「朝ドラ」の課題

しかし、『過去に実在した人物』という実録路線の傾向は、裏を返すと、『現代の架空のヒロイン』を魅力的に描けていないということでもあります。「純と愛」(12年度後半)や「まれ」(15年度後半)では、ホテルウーマンやパティシエを目指していたはずの主人公が迷走してしまいました。だからといって、実在の人物に頼り続けるのは、脚本家や制作陣の”創る力”が、やや弱っているせいかもしれません。

では、現代の若い女性を主人公にして、波瀾万丈の物語が構築できないかというと、そんなことはありません。「あまちゃん」(13年度前半)ではそれができたんです。しかも王道の一代記でなく、わずか数年間の物語で、あれだけ笑えて泣けて応援したくなるドラマが描けた。現実の東日本大震災をどう取り込むかという難題にも果敢に挑戦しました。まさに50年に1本の傑作だったと思います。

あれを超えるのは並大抵のことではありませんが、NHKには、かつて向田邦子さんや倉本聡さんのドラマがそうだったように、ぜひ架空の人物の物語でも視聴者を笑って泣かせてほしいですね。人間の想像力というのは無限大なのですから。

*6月18日付の東京新聞に、上記談話の短縮版が掲載されました。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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