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ベテラン脚本家の技が冴える夏ドラマ

碓井広義メディア文化評論家

夏クールのドラマが始まっています。恋愛物から学園物まで様々な趣向が並んでいますが、目立つのは大石静、遊川和彦、井上由美子などベテラン脚本家の名前。特に大石、遊川という“還暦”世代が健闘中です。

●「家売るオンナ」(日本テレビ系)

中堅不動産会社の新宿営業所に、成績抜群の営業ウーマン・三軒家万智(北川景子)が異動してくる。不動産は高額商品であり、そう簡単に売れるものではない。しかし、万智は違う。何しろ「私に売れない家はない!」と豪語する自信家だ。北川がケレン味いっぱいにこのキメ台詞を言い放つたび、堂々のコメディエンヌぶりが笑えるのが「家売るオンナ」(日本テレビ系)である。

たとえば、駅から遠い坂の上の売れ残りマンション。相手は元々広い一軒家を探していた医師夫妻だ。万智は彼らの1人息子に注目する。忙しい両親に甘えることも出来ず、どこか寂しそうな少年だ。やがて万智の中にひらめくものがあり、結局、彼らはマンションを購入する。

この展開の中に、彼女がスゴ腕と言われる理由がある。その家族が抱えている、しかも本人たちさえ気づいていない問題点や課題を見抜くのだ。そして、家は単なる住居ではなく、問題解決に寄与するツール(道具)となる。つまり万智は家を売っているのではない。家を通じて、家族の“生き方”や”あり方”を提案しているのだ。これをユーモアあふれる仕事ドラマに仕立てた大石静(64)の脚本に拍手だ。

●「はじめまして、愛しています。」(テレビ朝日系)

大ヒットドラマ「ひとつ屋根の下」(フジテレビ系)が終了してから、約20年が過ぎた。あの「あんちゃん」こと達也はどうしているのかと思っていたら、この夏、帰ってきた。それが「はじめまして、愛しています。」(テレビ朝日系)だ。

それくらい江口洋介が演じる信次は達也を連想させる。本当は悩みもあるのだが、いつも明るく、うるさい位のおしゃべり。そして世話好き。困っている人を見捨てておけない。一方、妻の美奈(尾野真千子、好演)は、父親との確執やピアニストへの夢に破れたことなどから、やや鬱屈(うっくつ)した女性だ。

そんな夫婦が、親から虐待を受けていた少年と「特別養子縁組」をすることになった。今のところは、出会いを「運命」と感じた信次に引っ張られる形で進んでいるが、2人が本当の難しさに直面するのはこれからである。脚本は、「家政婦のミタ」(日本テレビ系)の遊川和彦(60)。親子とは、家族とは、という重いテーマだが、くすっと笑える美奈の“こころの声”が効いている。現実を踏まえたフィクションであり、今後が気になる辛口ホームドラマだ。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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